中国から撤退するには、会社自体を解散する清算や破産以外に、合弁パートナーに自社持分の譲渡をするという方法が採られることが多い。いずれのケースも董事会での承認が必要となるが、そもそも中国人役員らにとっては職を失うことにもなりかねず、なかなか彼らは首を振らない。

 中国ではよく台湾人が“夜逃げ”という手段を選ぶが、それにはもっともな理由がある。つまり、撤退を正攻法でやっても埒が明かないのである。

 しかも、「撤退させたくない」のが地元政府の本音だ。「はい、そうですか」とハンコを押してくれるわけがない。前述の本連載第147回でも記したが、撤退は経営者が最後に課される「悶絶の苦しみ」であり、中国脱出のための「最後の闘い」となるのである。

かくなる上はゲリラ戦法
“風林火山”を地で行く

 だが、A社長には“秘策”があった。言ってみれば「ゲリラ戦法」である。その戦術はまさしく、武田信玄の風林火山だった。

「疾(と)きこと風の如く」は「スピード」を、「徐(しず)かなること林の如し」は「隠密裏に行動」、また「侵掠(しんりゃく)すること火の如く」は「勢いを持って団結を解く」、「動かざること山の如し」は「決意を翻さない」というのが、中国撤退のキモなのである。

 A社長はまさにこれを地で実践した。決行日は2014年5月5日。この日に向けて昨年後半から、着々と手を打ち始めた。

 迷ったのは、この計画をまず誰に打ち明けるか、だった。隠密裏に行動しなければならないとはいえ、決行には仲間が必要だ。「金を積まれればなんでもしゃべってしまう連中、そこは警戒した」とA社長、だが意外にも腹心を得ることに成功する。

 力になってくれたのは、皮肉にも地元政府に勤務する5人の友人だった。日頃の腹を割ったつきあいがこのとき活きた。協力的な中国人弁護士も現れた。“中国流ゲリラ戦法”を示唆したのもこの弁護士だった。