「おもてなしの心」は、
簡単には手に入らない。

 とはいえ、「おもてなしの心」をもつのは簡単なことではありません。
 特に、経験が浅いうちは、たくさんのお客様に対応し、押し寄せる注文をさばくだけで目一杯。「おもてなしの心」をもつ余裕がないのが普通です。

 何を隠そう、私自身がそうでした。
 かつて、いちばんの下っ端で寿司を握っていたころは、まったくもって未熟でした

 若くて経験が少ないから、力の配分がわかりません。朝から晩までガムシャラに働いていると、夕方を過ぎるころにはヘロヘロになってきます。
 するとミスをする。つり銭を間違えたり、味付けを間違えたり、仕込みをしてもマズかったり……。そうすると、「何をしとるんや!」「こんなマズイもん出せるか!」とえらい怒られました。
 いまの回転寿司では、そんな怒られ方はしませんが、当時は職人文化が色濃く残っていましたから、先輩の指導は厳しかったのです。

 そんななか、食事もろくにとれないのですから、だんだんイライラしてきます。「お客様は思いっきり寿司食べてるのに、俺、メシ食ってないんですけど……」という気分になってくる。それで、ついつい乱暴に寿司を握ってしまったり、思わず不愛想な接客になってしまったりしました。自分では気づかないうちに、表情や動きに出てしまうのです。

 すると、また、「その喋り方、あかんやろ」「そういう態度をとったらあかんで」と厳しく叱られる。まぁ、こんな調子でした。もう、「おもてなしの心」どころじゃありません

 その日その日をやっていくだけで精一杯。叱られて怒られて、うまくいかなくて、仕事が終わって帰っても、悩んで寝られないときもありました。
頭のなかを整理しようと思って、ノートを買って帰って、何か書こうと思うけど、何を書いていいのかわからない。いまとなれば、笑い話ですが、当時は深刻に悩んでいたものです。