ひとつの職種としての「管理職」

 日本企業にとっての管理職とは、長年、企業のために働いた中高年者を処遇する役職であり、「メンバーシップ型」正社員のゴールとしての位置づけであった。しかし、部下の業務の効率化を図り、適切な人事評価を行うためには、財務や企画等、特定の分野で、部下よりも優れた業務能力をもたなければならない。そもそも部下よりも高い仕事能力がなければ、部下にできる筈の仕事をできないといわれたり、短時間でできる仕事に長い時間をかけ、残業代を稼がれてもチェックできない。また、管理職の判断の誤りでムダな仕事をさせられたり、やり直しが増えれば、部下の負担は大きくなり、組織全体の効率性は低くなる。

 欧米の管理職の日本との大きな違いは、管理のプロというだけでなく、「他に属せざる業務は管理職の仕事」という点である。これは、個々の社員が機械の部品のように、自らの職務しか果たさないジョブ型社員ばかりの組織では、急な欠員や、飛び込みの仕事に対応できないからだ。日本なら、管理職がだれかに追加の仕事として命じれば良いが、職務の範囲が明確に定められている欧米の平社員は、「自分の仕事ではない」と拒否するのが普通である。結局、追加の仕事は、管理職が自ら果たすしかない。その意味で、管理職とは、本来、どんな仕事にも対応できる能力が求められる「万能職種」といえる。

 従って、欧米の組織では、ワーカホリック・タイプでない限り、「管理職お断り」の社員が多くなる。日本でも、管理職ポストが増えないなかで、社員の高年齢化が進む今後の社会で、社員の不満を抑えるためには、管理職の仕事をより厳しいものとして、それでも役職に就きたい者の中から選抜すれば良い。これは市場での需要と供給の原理を企業内部に持ち込むことと同じである。

女性管理職比率の低さは氷山の一角

「社会の指導的地位にある女性比率の30%目標」を、単に女性管理職比率の名目的な引き上げという目標に矮小化してはならない。社会の指導的地位の人材の内で、女性の比率が1割に過ぎないことは、日本の社会制度の歪みの結果である。病気の際にでる熱を無理やり下げても、病気自体が治るわけではない。

 女性の社会的地位の向上を目標とすることは、女性のためだけではなく、人事管理の効率化を通じた、企業の利益増加のための手段である。能力主義人事は、平社員より裁量性の大きな経営者や管理職から始めることが、コーポレート・ガヴァナンスの鉄則である。

 日本の女性管理職比率の低さは、出生率の低さとも共通した要因に基づいている。いずれも男性が働き、女性が家事・子育てに専念する働き方を、暗黙の前提とした雇用・社会制度の歪みが、異なる形で表れているもので、これらを一体的に捉える必要がある。

 それにもかかわらず、8月29日の労働政策審議会に示された、今秋以降の「労働政策の重点課題」では、解雇の金銭補償ルールの制定は無視されており、女性の活用も企業の自主的な行動への支援のみにとどまっている。日本の成長戦略の大きな柱である労働市場改革に、担当省庁が熱意を示さないなら、社会保障制度改革と同様な専門家会議を官邸に設置して、総理のトップダウンでの改革を目指す必要があろう。