家感のあるデンマークの高齢者住宅とは

 私が訪れたのはデンマーク第二の都市、オーフスの南部のオザという小さな町の外れにある高齢者のための介護型住宅です。キッチン、リビングルーム、ベッドルーム、バスルームがある個室に、持ち込む家具はもちろん自由。個性がたっぷりあらわれた空間です。

 この住宅の柔軟性は、ここでマネージャーとして勤務する、ベンテ・マークフォッド・イェンセンさんが、一見実現するのが難しいと思えるアイディアも寛大に受け入れている姿勢が原点にあると感じました。スタッフは住居者の高齢者の話にしっかり耳を傾けることが大切だとベンテさんは言います。

 この介護型住宅では定期的にハウスミーティングが行われ、スタッフだけでなく住民である高齢者全員の声を聞く機会が作られています。そんな場所では、様々なアイディアが生まれます。

 例えばあるとき、アニマルセラピーの考えで羊を飼ってはどうかという話が出ました。資金集めを行い、羊を飼えることになり羊小屋も建てました。さらにその後、高齢者が羊と一緒に寝てみてはどうかとスタッフが提案。アイディアを思いついたスタッフはすぐに希望者を募り、ベッドを羊小屋に用意して高齢者の方々も一緒に寝ることになったそうです。

 またあるときは、デンマークではよく見かける移動式のサーカスを招きたいと言った高齢者の方がいたそうです。サーカスを高齢者住宅に招くとなると相当の準備や工夫、調整が必要なので、すぐに受け入れられる種類のアイディアではないでしょう。

 しかし、ベンテさんはここでも「やってみたら」という寛大な態度。スタッフは資金集めを手伝い、サーカス団に申し入れた結果、その夢は実現しました。サーカス団は高齢者住宅にやってきて駐車場にテントを立て、数日間に渡りパフォーマンスを披露しました。

 残念なことにサーカスを招きたいと言った高齢者の方はサーカスが来ることが決まる前に亡くなられたそうですが、ある一人の人の夢がこうして多くのスタッフのサポートで実現されたことは素晴らしいことだと思いました。

 面白そうというアイディアはどんどん受け入れ、実現する自由をつくることが大切だとベンテさんは言います。すると、結果的に皆が恩恵を受けるアイディアがどんどん生まれるようになるそうです。

 住んでいる人がやりたいと思ったことを、まるで家族のように真剣に聞いてくれてサポートしてくれる人がいる環境はとても幸せなことだと思います。私はこの高齢者住宅を訪れて、自分が留学しているカオスパイロットという学校を思い出しました。

 母国から遠く離れたデンマークで学校初の日本人である私は、日本らしさを感じる毎日を送ることはありません。それでもこの学校では、どんな人も一人の人間として見つめてくれて、どんなときも人の話を真剣に聞いて応援してくれる暖かさがあり、留学して2年経ったあと胸を張ってここが私の「家」だと言えます。

 家感とは、その機能以上にそこで育む文化にあると実感しています。例えどんなアイディアを口にしても、それがバカなことではないと思わせる組織文化を形成できるリーダーシップが必要です。

 さらに少子高齢化の社会では、少数でも情熱があり自主的に多くの仕事をこなせる人材が望まれるでしょう。そのまさにロールモデルになるような人に出会いました。コペンハーゲンにある、ヘルスケアに特化したデザイン会社を起業したデンマーク人の女性です。