ある遺伝学者の変節
――私が「遺伝子決定論」を捨て去るまで

 3年前までわたしは、「宇宙は遺伝子を中心に回っている」と考える、数多くの科学者のひとりだった。それまでの17年間、世界の仲間とともに、膨大な数の双子研究を重ね、形質や病気のほぼすべてが遺伝に大きく影響されていることを、懐疑的な一般市民と科学者たちに納得させようとしてきた。そして、その試みはおおむね成功し、病気の原因遺伝子の発見が科学の最重要課題となった。しかし実を言えばわたしは、何かが欠けているという思いを払拭できずにいた。

遺伝子は変わらないし変えられないというのが、科学の定説だった――わたしたちが受けついだ遺伝子は、環境に影響されず、次世代にそのまま受けつがれる。遺伝子は、わたしたちが死ぬまで変化しない。友人、配偶者、ライフスタイルを選んだり、記憶力を鍛えたりして、人生を変えていくことはできるが、その間も、遺伝子は不変のままだ。遺伝子は、体と細胞が成長し活動するための土台、すなわち、人間の「青写真」、「生命の書」である――そう考えられてきたのだ。

 双子研究では、調査したほぼすべての病気において、ふたりそろって発症する確率は、(遺伝子が100パーセント同じ)一卵性双生児のほうが、(遺伝子の50パーセントが同じ)二卵性双生児より高かった。このように双子の似ている度合いを「相関性」と呼び、相関係数(似ている度数)から、簡単な計算で「遺伝率」を出すことができる:遺伝率=(一卵性双生児の相関率-二卵性双生児の相関率)×2。

 たとえば、体重の遺伝率は、50組の一卵性双生児と50組の二卵性双生児の体重の相関率を出し、前者から後者を引いた値に2をかけた値だ。仮に、一卵性双生児の相関率が90パーセント、二卵性双生児の相関率が60パーセントだとすると、遺伝率は(90-60)×2で60パーセントとなる。病気の遺伝率の計算はもう少し複雑だが、基本は同じだ。つまり遺伝率とは、ある形質がどの程度、遺伝によって決まるのかを示したものなのだ。

 慢性関節リウマチなどの病気は遺伝率が60〜70パーセントとされ、ずいぶん遺伝の影響が強いように思える。しかし、わたしたちが調べた女性の一卵性双生児は、一方が慢性関節リウマチを患っていても、もう一方の85パーセントは、その病気にならなかった――遺伝子はもとより、ライフスタイルがほとんど同じだったとしても、である。

 このパターンは、調査対象となった病気のほぼすべてに当てはまった。双子がそろって同じ病気にかかる確率が50パーセントを超えることは稀で、たいていの場合、数値はずっと低かった。しかしこの結果は、わたしが望んでいたものではなかった。それが正しいのであれば、従来の、遺伝子中心の考え方からの脱却を迫られるかもしれないからだ。