「ゲイ遺伝子」は存在するのか?

 人間の性の傾向は、完全な異性愛から完全な同性愛まで幅広く、その頻度や組み合わせも多様だ。ゲイのコミュニティには、こんなジョークがある。「ストレート(異性愛者)とゲイの違いは何だと思う?――6パイント(約3.5リットル)のビールさ」

 真実を言えば、ほとんどの男性は、もっと大量に飲んで酔っぱらわないと男性とは寝ないだろう。自己申告による同性愛者――同性の人と、大人としての性的接触を行った人――は、イギリスでは男性の約5パーセント、女性の約2パーセントである。アメリカとフランスでは、その割合はもっと高いと報告されており、性的に惹かれるあらゆる場合を含めれば16~17パーセントに上昇する。この割合は、どの時代のどの集団で調べても変わらないようだ

 性的嗜好はある程度、遺伝によるもので、いくつかの双子や家族の事例から、遺伝率は30~50パーセントと推定されている。

 20年前、アメリカ国立衛生研究所の遺伝学者、ディーン・ヘイマーが「ゲイ遺伝子」を発見したと宣言した。その遺伝子は女性のX遺伝子上にあるとされたが、今に至るまで確認されていない。実際のところ、他の複雑な特性と同じく、同性愛もたったひとつの遺伝子によるものではなく、数百の変異から少しずつ影響を受けているのだろう。

性的嗜好を決めるのは、遺伝子ではなく胎内環境?

 多くの同性愛者は結婚する(いくつかの研究によると、約50パーセント)が、彼らがもうける子どもの数は、異性愛者よりずっと少ない。したがって、ダーウィン流に考えれば、彼らの遺伝子はとうの昔に消えているはずだ――なにか隠された強みを持っているのでなければ。

 同性愛に対する(純理論的な)説明は、(X染色体をひとつしか持たない)男性が多く生まれた家系では、生殖細胞がエピジェネティックに再プログラムされる際に小さな変化が起きて、テストステロンを減らす遺伝子か信号が維持される、というものだ。

 さらに、わたしがインタビューをした一卵性双生児(同じ環境で同じように育ちながら一方だけがゲイになった)の例が示唆するのは、成長期の環境は、大人になってからの性の嗜好にほとんど影響しないということだ。その一方で、発達初期の脳には些細な違いも大きく影響するので、同じ遺伝子を持つ双子でも、男らしさ、攻撃性、性的嗜好は異なる。

 わたしたちが研究した事例から、一卵性双生児は、一方がゲイでも、ほとんどの場合(およそ70パーセント)、もう一方はゲイにならないことがわかった。このことは、ゲイになる原因が遺伝子だけではないことを物語っている。脳卒中を起こして以来、同性愛者になった男性や、日に何度も性のアイデンティティが変わる人(交替性の性不統合:AGI)といった珍しい事例は、性の認識の柔軟性を示している。