福島県知事選に見る日本の政治

 こう見ていくと、この「わかりづらい政局」は、逆説的に「わかりやすく」現在の日本全体の政局を示しているようにも見える。

 理念はある。それを支持する声も、インターネット上などで可視化されやすい。しかし、まとまりきれない民主党はじめとする野党。だから、与党にやられっぱなしで、最後は与党に主導権を持っていかれる。

 一方の与党は、「政権の安定運営に使える場合は使うし、そうでなければ当り障りのない対応」を続ける。勢力はあるが、チャレンジングなことをするわけではない。負けられない状態が続く与党。

 両者の置かれている状況がよく反映されている動きだと言えるだろう。

 いま、県内紙や候補者は、この選挙について「継続(継承)か、刷新か」という見出しをつけることが多い。この不思議な言い方は、いわゆる「保守か、革新か」という従来の55年体制的図式が事実上崩れ、そう名指すことが困難であるが故に生まれたものに違いない。「わかりづらい政局」を象徴的に表しているスローガンだと言えるだろう。

 保守も革新も相乗りする候補が「一強」として佇む、これまでの行政を継承しようとしている。一方で、通常県知事になりやすい国会議員や中央・県の行政官ではないという意味での「新人」が複数並ぶ。ただし、「現職首長ドミノ敗北」の波も去った後、ただ首をすげ替えるだけでは根本的な刷新がなされるわけでもないことに多くの人は気づいている。

「まだ、選挙まで時間はある。みんなで政策の議論をしよう。そして、政治に興味を持とう。投票に行こう」などと文を締めることもできるし、実際そう言うべきところだろう。

 ただ、あえてもう一歩先に議論を進めておく必要があるようにも感じる。改めて福島県知事選の状況を振り返る中で感じるのは、オプション(選択肢)の少なさだ。それは、政策・政局、双方においてである。

 どうすれば、オプションを増やせるのか。それは選挙戦が始まってからではなく、普段からオプションを準備しておくことに尽きるだろう。

 いまも飛び交い続ける情緒的な言葉や、中央政界の思惑に過剰に振り回されることなく、何がこの地域の課題なのか、その課題を解決するためには何をすればいいのか。

 たしかに、3.11から現在まで、政策にせよ、予算にせよ、県知事は常に、平時にはありえない巨大な決断を迫られ続けてきただろう。今回は候補者全員が「新人」だが、いずれの候補が勝とうとも、次回選挙では、安易な「首をすげ替えればいまより良くなるだろう」願望がつけいる隙のないような、具体的な取り組みを基にした県政を期待したい。

 やや後ろ向きな結論に見えるかもしれないが、これは、この選挙が気づかせてくれた一つの希望だ。選挙が終わった時から、政治は始まる。