基礎と実用のあいだに
空いた大きな狭間

 青色LEDの開発プロセスを見れば、「窒化ガリウムへのこだわり」が勝利への道につながったことがよくおわかりだろう。基礎研究の分野でわれひとり荒野を歩いた赤崎、応用研究の分野で独創的なアイディアによって一気に実用化に成功した中村――開発プロセスを一本の道にたとえれば、地ならしから舗装までが途切れなかったために、世界に先駆けた開発が日本で成功したのであり、両者の業績には甲乙つけがたい面がある。

 ところが、研究者の自尊心や功名心には、われわれの想像を超えるものがあるらしく、両者は犬猿の仲ともいわれている。中村は「赤崎先生から一五年遅れて研究を始めた」と認めながらも、「ボクの場合はすべて直観で勝負してきた。ツーフロー方式も、毎日午前中に装置を改造して、午後に反応を確かめる作業を繰り返し、文献などはいっさい関係なかった。自分ひとりで未知の世界に飛び出し、自分ひとりで世界一の膜をつくり出した自負はある。大学の先生は論文だけで認められるが、企業の人間は研究成果が実際に製品となって世の中に出ないと意味がない」と語り、窒化ガリウムに固執する点では赤崎の論文を参考にしたものの、実用化に向けての研究はすべて自らの独創であることを強調した。

 これに対し赤崎は、マスコミが中村だけを取り上げる風潮に強い不満を示したうえで、「向こうが商品化にこぎ着けたことは、あれはあれで立派だと思うが、すべて向こうがやったように言われるのは納得できない。あとでやった人のLEDがより明るくなるのは当たり前で、本質的な部分をだれがやったかが重要な問題なのだ。それがオリジナリティというものであり、あらゆる研究開発の世界がそうだが、最初にやったものは根元的で大変な困難さを伴うということを忘れてもらっては困る」と、基礎研究の持つ重い意味合いを激しい口調で語った。

 ノーベル物理学賞も予想される二人だけに表現も過激になるのだろうが、両者の言い分はそれぞれに正しい。むしろ、こうした自尊心、功名心がぶつかり合うところに画期的な発明が生まれ、技術革新が進むのである。

 赤崎、中村の強烈な自己主張を聞きながら、つくづく日本に欠けているものがあると痛感した。それは、大学の研究成果を発掘し、特許化して企業に橋渡しする「技術移転機関(TLO)」の充実である。

 TLOに関しては、八〇年に施行されたバイ・ドール法によって、アメリカでは多くの成果が生まれているが、日本は九八年に大学等技術移転促進法が整備され、やっと緒についたところである。赤崎と中村をTLOでつないでいたら……牽強付会を承知で言わせてもらえれば、青色LEDは半分の歳月で実用化にこぎ着けていたかもしれない。

(文中敬称略、知られざる日本の“異脳”たち(4)は10月24日(金)公開