安倍「トゥーランドット」は本田「ミス・サイゴン」と同じ

 安倍にとって「トゥーランドット」は本田の「ミス・サイゴン」に当たる作品で、ミュージカル経験後のポップス・アルバム「Smile…」は、本田の「Junction」(1994)と「晴れときどきくもり」(1995)に相当するだろう。

「トゥーランドット」の原作は19世紀初頭に出版されており、音楽劇や歌劇作品もいくつか存在したが、やはりプッチーニの歌劇「トゥーランドット」が有名で、宮本亜門版もプッチーニを下敷きにしている。「ミス・サイゴン」がプッチーニの「蝶々夫人」を下敷きにしているのと似ている。「トゥーランドット」は登場人物もだいたい同じだ。安倍のリュー役はプッチーニ版にもある。

 プッチーニは1920年夏に「トゥーランドット」の構想を固めたそうだ。ローマで「蝶々夫人」に出演した三浦環(連載第61回参照)がプッチーニ邸に招かれた年である。環はこう回想している。

「『貴方の国のメロディを持った歌をきかせて下さい』と丁寧に云われました。そこで思い出す儘にあの義太夫にある『三十三間堂棟木由来』の中にある『和歌の浦には名所が御座る……』の一節を歌ひました。すると最後の木遣節の『ヨーイ、ヨーイ、ヨーイトナー』と云ふ處が非常に珍しく面白かったと見えて『これは今作っているトウランドオ(注・トゥーランドット)にも使える』と云って、ピアノに座って弾きながら、みるみるうちにこの簡単なテーマから長い長いメロディを創り出していられるのです」(三浦環『歌劇お蝶夫人』音楽世界社、1937)。

「トゥーランドット」でも「蝶々夫人」のようにペンタトニック(5音音階)の東洋風旋律を巧みに取り入れているが、三浦環が創作に一役かっていたことがわかる。

 しかし、1921年からペンが進まなくなり、ようやく再開したのは1924年に入ってからだったが、11月に心臓発作に見舞われ、急死した。「トゥーランドット」は未完に終わったのである。現在は補作された版によって演奏されている。

 三浦環→プッチーニ→宮本亜門・久石譲→安倍なつみ、と100年間を結ぶことができそうだ。

 安倍なつみは「トゥーランドット」の後、宮本亜門演出「三文オペラ」(2009年、東京、大阪)にポリー・ビーチャム役で出演した。主人公メッキ・メッサーの相手役である。

 またフランク・ワイルドホーン作曲によるミュージカル「ドラキュラ」の日本初演(2011)と再演(2013)に出演し、初演ではルーシー・ウェステンラ役、再演ではヒロインのミーナ・マレー役を演じ、ドラキュラ伯爵役の和央ようかと共演している。

 他にも「リトルショップ・オブ・ホラーズ」(2010)など、小規模なミュージカル・コメディにもかなり出演しているので、ミュージカル女優としてのキャリアも着実に積んでいることがわかる。アイドル・ポップス→ミュージカル→クラシカル・クロスオーバーへ、本田美奈子の軌跡と同じ経路をたどる歌手が現われたことになる。

 今年の「LIVE FOR LIFE音楽彩~本田美奈子.メモリアル」で安倍なつみは何を歌うのだろうか。