麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。第26回は通貨の一般理論について。(佐々木一寿)
「政策金利がゼロになってしまっても*1、金融政策を打つことができて、それがQEだということはわかりましたが*2」
この春に経済学部に進学予定のケンジは、叔父のいる麹町研究所の研究員から受けた経済学のレクチャーをアタマのなかでまとめている。
「不況に対してけっこう効果があるとして*3、それ、副作用はないんでしょうか?」
*1:これを「ゼロ金利制約下」という
*2:ゼロ金利制約下で、金利水準でなく通貨量を目安に金融緩和を行うこと。詳しくは第23回、第24回、第25回を参照
*3:QEの先手を打った米国経済は、サブプライム問題、リーマンショック後の金融危機を切り抜け、概ね好況下にある
なかなか鋭いところをついてくるな、さすがは嶋野研究員の甥だ、と感心しながら末席研究員は応じる
「そうですね。大きいところで言えば、副作用は物価上昇と通貨安(日本であれば円安)になります」
末席のいつものおおざっぱな説明にもだいぶ慣れてきたケンジは、それはおおごと、というふうに懸念を伝える。
「物価上昇はイヤだなぁ。クルマを買うにも高くなっちゃいますよね」
目下、叔父にクルマをねだっているケンジは、叔父の嶋野研究員をおもんぱかるようにがっかりする。ビクビクしながら末席のほうをチラチラ見ている嶋野の視線を気にせず、末席はケンジの質問に答える
「物価上昇といっても、いまの先進国の金融当局の管理技術からすれば、想定の範囲内のマイルドなものです。あまり気にしなくても大丈夫ですよ」
末席の説明により、ますます落ち着かなくなった様子の嶋野主任を尻目に、末席は続ける
「逆に、物価上昇はインフレともいいますが、マクロ経済学*4でいう物価は普通、一般物価*5を考えますけれど、全体の物価平均が概してそれに収斂していくとして、それに関するみんなの予想が『予想インフレ率』なんですね」
*4:マクロ経済学は金融政策を論じる際の前提になる
*5:一般物価は、財とマネーの量から決まってくる物価水準。実際の調査ではコアCPI(日本でのコアコアCPI)などを参照する。詳しくは第1回を参照