麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。前回に続いて、QE(量的緩和)について。(佐々木一寿)
「QE(量的緩和)が経済を立て直せるかどうかに関して、『予想インフレ率』に働きかけられるかどうかが重要だということはわかりましたが」
経済学部に進学するにあたり、経済学のレクチャーを受けている18歳のケンジは、麹町経済研究所の研究員たちに質問を続ける。
「肯定派と否定派がいろいろと議論をしているとして、これ、いつ決着がつくんでしょうか」
学生らしい直截的な質問だな、と感心しながら主任研究員の嶋野は甥のケンジに答える。
「こればっかりは、なかなか判定するのは難しいんだよ。なにしろ、実験ができないからね」
なぜ「実験」の話がいま出てくるの?とアタマのなかが疑問符でいっぱいになっているケンジくんをフォローするように、同僚の末席研究員が説明を付け加える。
「『実験』とは、ここでは、やらなかった時とやった時の結果を比較してみることなんですが、実際の経済の場合は、この検証が簡単ではないんです。もし、効果があったように見えても、時期的にたまたまだったのかもしれないし、やらなかったときはどうだったかも、時間を遡って同じ条件でそれを観察することはできないので、厳密な意味で証明されたとも言えない*1」
*1:さらに言えば、経済学の黎明期はとくにデータ自体が満足になかったため、もっぱらモデルによる思考実験により経済学は発展してきた。この経緯が経済学者が物理学に憧れと共感を抱く者が多い理由として挙げる人もいる。詳しくは、第10回「じつは、経済学は常識はずれのサイエンス!?」を参照
ケンジは、もどかしい思いで聞きながら、再度、質問を試みる。
「うーん…。じゃあ、いま現在は世界的にQEを実施しているわけですよね*2。これやってなければどうなっていたんでしょうか」
*2:QEの定義はいろいろあるが、広めに言えば、「(いわゆる)ゼロ下限制約下における積極的な金融緩和」の実施のこと。詳しくは第23回「じつは、金利はゼロ以下に下げられる!?――金融政策の拡張可能性」、第24回「じつはQE(量的緩和)は前途多難!?」を参照
主任研究員の嶋野は、甥の疑問になるべく具体的に答えられるようにと説明を続ける。
「ifの話になるけど、だいぶヤバかった、というのがQE肯定派の意見としてある」
もう少し突っ込んだ説明を欲しがっているケンジは、嶋野の説明に食らいつくように言う。
「『ヤバかった』って、具体的にはどういうことですか」