「学習する組織」から知識創造企業へ

エバ この本を読んでください(笑)。先日、日本のいくつかの省庁を訪問し、そこで働く官僚の方々に、多様性という文脈からこの本を紹介したところ、非常に大きな関心をもっていただきました。自分自身が海外で働く場合も、企業自体が海外に出ていく場合も、多様性の尊重が非常に重要です。

 もう一つ、日本企業は自分たちのチームスピリットのすばらしさにもっと自信をもつべきです。全員が共通のミッションを見据え、まっしぐらに同じ方向へ進んでいく。私は日本人のチームと一緒に働けることが楽しくて仕方がありません。これを海外でも実現できたら間違いなく成功するでしょう。逆にいえば、日本以外の国は、その要諦を日本から学ぶべきなのです。

野中 ソフトウェア開発の現場で、「アジャイル(俊敏な)・スクラム」という手法があります。従来は「ウォーターフォール(滝)・モデル」といって、分析、設計、実装、テストといった各工程を明確に分割し、要件を厳格に定義すると、滝の水が落ちるように、前工程から後工程へ、成果物が流れていく、というやり方でした。

 これに対して、アジャイル・スクラムというのは、各工程のエンジニアがチームを組み、顧客からの意見も取り入れながら、各工程を同時並行で進行させ、俊敏に成果物をつくりあげていく、というモデルです。日本のチーム型組織そのものです。
 このモデルをつくりあげたのがジェフ・サザーランド博士というアメリカ人のシステム・エンジニアで、実は彼がヒントとしたのが、私と竹内弘高(現ハーバード大学経営学大学院教授)が1980年代に日本企業のイノベーション手法を研究して名づけた「スクラム」という概念だったのです。

 われわれの「スクラム」はソフトウェア開発の一つの手法に組み込まれたわけですが、私は企業の生き方そのものでもあると思っています。もちろん、トレンドマイクロはスクラム型です。

エバ おっしゃる通りです。私の仕事はこれ、あなたの仕事はこれ、というように、仕事の境界、役割と責任を明確に分けるのがウォーターフォールです。それは欧米企業では親和的かもしれませんが、日本をはじめとした東洋では、役割と責任は常にあいまいという企業が主流ですから、スクラムが適しているのだと思います。

野中 最初の話に戻ると、実際、スクラムによって、組織のエントロピーの増大が抑制されるのは間違いありません。組織に多様性が生まれるからです。多様性こそがエントロピーの増大を抑えられるのです。

スティーブ 多様性を確実なものにするためには共通のビジョンを掲げなければなりません。CCOの役割はそれを際立たせ、それに関する物語を紡ぎ、広めることだと思います。

ジェニー われわれのビジョンは3CiTという言葉で言い表せます。すなわち、Customer(顧客)、Change(チェンジ)、Collaboration(コラボレーション)、Innovation(イノベーション)、Trustworthiness(信頼)、それぞれを重視することです。

野中 5つ全部を実現させるにはかなり難度が高いですね。

ジェニー すぐ手が届きそうなビジョンだったら、ないほうがいいでしょう(笑)。高ければ高いほど、われわれには「高みを目指す」というやりがいが生まれます。

野中 その通りですね。最後に一つだけ、私からのエールです。トレンドマイクロを「学習する組織」にしたい、という記述が本書に出てくるのですが、私に言わせれば、学習する組織というのは、外から取り入れる知を豊かにし、それによって高みを目指す組織です。トレンドマイクロには、そこからさらに進んで、外から知を入れつつ、内からも知を創り出せる、真の意味の「知識創造企業」になってほしいと心から思います。