もうIQの時代ではない!非認知的スキルの重要性
野中 その志の高さは、まるで昔のサムライのようです。サムライ魂は日系人の多いハワイと、日本と関係の深い台湾に色濃く残っていて、逆に今の日本人は失いかけているようです。
私は最近『史上最大の決断』(ダイヤモンド社)という本を上梓しました。第二次世界大戦における連合軍の勝利を決定づけたノルマンディー上陸作戦のプロセスを辿り、連合軍最高司令官をつとめたアイゼンハワーのリーダーシップを考察した内容です。
そのアイゼンハワーはカリスマ性にあふれた軍人というよりは、どこにでもいるような、ごく普通の一般人でした。彼を取り上げたテレビ映画が企画されたことがあり、アイゼンハワーを演じることになった俳優が、彼の息子に会って話を聞いた際、「父ほど平凡な人を演じるのは難しいでしょう」と言われたほどです。
そのアイゼンハワーが300万人もの兵士が従事したノルマンディー上陸作戦を指揮し、みごとに成功させたのです。私は彼の優れたリーダーシップの基盤に、「フロネシス」があると考えました。それはアリストテレスが提唱した概念で、われわれは日本語で「実践知」と訳しています。組織や社会が奉じる共通善の実現を目指して、社会や人間、環境などの複雑な関係性に配慮しながら、適時かつ適切な判断と行動をする能力のことです。
この実践知を培うにはどうしたらいいのか。それには非認知的スキルというものの習得がカギを握るのではないか、と考えるに至りました。
非認知的スキルとは、2000年にノベール経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授が明らかにしたもので、IQに代表されるペーパーテストで測定できる認知スキルに対して、テストでは測れない、個人的な資質と密接に関係したスキルのことです。別名、性格スキルともいいます。
具体的には、困難なことをやり抜く力、自制心、意欲、社会的知性(人間関係を含めた異なる社会状況にうまく適応する能力)、他人に感謝の気持ちを表わせること、楽観主義、好奇心などです。これらは本で読んでも身につかず、手本となる師から個別に、時には人格的感化を通じて、学び取らなければなりません。
アイゼンハワーには3人の偉大な師がいました。いずれもアメリカ陸軍の上司ですが、フォックス・コナーからは戦術と教養を、ダグラス・マッカーサーからは政治と軍事の知識を、ジョージ・マーシャルからはリーダーシップと戦略を学びました。
前置きが長くなりましたが、トレンドマイクロはこの非認知的スキルを身に付けるのに非常によい環境なのではないでしょうか。
神経科学の最新の知見によると、後に成功する人ほど、幼い時に家族から非認知的スキルを学んでいるそうです。非認知的スキルの習得に絶大な影響を与えるのは両親をはじめとした家族だからです。トレンドマイクロは全体が家族のようです。業績が悪くなっても、リストラに安易に走らないわけですから。
ジェニー 地球上における東洋と西洋は、私には陰と陽のように感じられます。両者のバランスが必要ですが、ここ二百年ほどは、バランスが崩れていました。西洋が優位し、すべて西洋に習え、ということです。
西洋は科学的であることを尊び、認知的スキルを重視します。それに対して、非認知的スキルはいかにも東洋的です。科学が得意な数字や理論、プロセスに関わることではなく、人間の特質そのものだからです。
非認知的スキルの話は西洋に留まらず、全世界にもっと広まってほしいですね。野中先生は東洋式の経営理論を説く貴重な研究者です。もっとたくさんの本を書いて、それも英語で、われわれに知恵を授けてください(笑)。
野中 根性、やる気、自制心といった非認知的スキルの重要性に西洋の科学者もようやく気づき始めたという話ですが、われわれからすれば何をいまさら、という感じはしますね。だからと言って、認知的スキルの重要性が大きく減じたわけではなく、どちらも重要、ということです。
最後に、トレンドマイクロのように、グローバルに展開できる企業になりたい、と思っている日本企業に向けて、それぞれメッセージをお願いできませんか。