孫正義社長が一目惚れして、筆頭株主になったインドネシアのeコマース最大手「トコペディア」。英語もネットもない片田舎で育った33歳の青年が、知られざる創業物語を語る。

──インドネシアでeコマースを手がけるベンチャー企業を作ろうとしたきっかけは何だったのでしょうか。

William Tanuwijaya/1981年、インドネシア・スマトラ島出身。大学在学中に学費捻出のためネットカフェで働いた際に、ネットと出会い起業。中国のアリババ集団創業者、ジャック・マーを尊敬。
Photo by Jun Morikawa

 僕はインドネシアの小さな島で生まれ、貧しい家庭で育ちました。高校を卒業すると、もっと良い暮らしをしてほしい思った父と叔父が、首都ジャカル タの大学に行かせてくれました。ただし生活費を稼ぐため、午後10時から午前6時までインターネットカフェでアルバイトをしていました。そこで、インター ネットについて自力で学ぶようになりました。

 2003年に大学を卒業すると、ソフトウェアの会社を経て、モバイル関連の企業で働いていました。その時にインドネシアのeコマース市場には大きく2つの問題があると感じたのです。

 1つ目は、インドネシアには1万7000もの島々があります。そのため人々がお金を払っても、肝心の商品が送られて来ないといったケースが多かっ た点です。2つ目は、個人が自由に商品を販売することのできるプラットフォームがなかったという点です。そこにチャンスがあると思いました。 

──そこで会社を辞めて、09年に「トコペディア」を起業することになったんですね。

 はい。「インドネシアのeBayになりたい」と、07年から僕のアイディアを会社の上司に提案していました。しかし、それは却下され続けました。

 実際に起業しようとしても、私はよく出自や経歴を聞かれました。裕福な家庭では育っていないし、大学はほとんど行かずにネットカフェで働いていました。だから、誰も信じてくれませんでした。

「大きな夢を見すぎるなよ。スティーブ・ジョブズのような人は特別なんだよ。君の時間をもっと効果的に使えよ」と言われました。どうしてインドネシア人は、自国の若い起業家を信じられないんだろうかと悲しかった。そして絶対に諦めないぞと誓いました。

 09年、元勤務先の上司が出資を決めてくれたんです。それで「トコペディア」が生まれました。あれから毎年のように米eBayや楽天グループ、現地通信大手テレコムなどの新規参入が続いていますが、それでもこの5年間、この会社を続けてこられています。

──インドネシアでは手本とするIT起業家が見当たらない中で、何を頼りに起業したのですか。

 当時はインターネットで、どうすればインドネシアに安全なeコマースのサービスを提供できるか調べていました。そこで中国アリババのジャック・ マーさんや、ソフトバンクの孫さんを知りました。彼らについて書かれた本も読みました。この2人は私のヒーロー。孫さんが創業時に「豆腐のように1丁、2 丁と売上高を数える会社を作る」という話もそこで読みました。

 インターネットが素晴らしいのは、直接その人に会わなくても、その人から学んだり、影響を受けたりすることができる点です。 

 英会話も10年までまったくダメでした。会社が成長する中で、ベンチャーキャピタル(VC)の人々との面談の中で英語を習得したんです。ベストを 尽くしましたが、米国のVCはまったく理解してくれなかったですね。日本のVCのメンバーは我慢して、なんとか分かってくれようとしていました(笑)。