遺伝子特許を巡り約20年争われてきた
米国ミリアド裁判がようやく決着
遺伝子特許を巡るアグレッシブな企業姿勢に一石を投じた事例として、米国ユタ州にあるミリアド・ジェネティック社(Myriad Genetics、以下ミリアド社)の裁判が挙げられるでしょう。ミリアド社は1997年以降、乳がんや卵巣がんのリスク遺伝子であるBRCA1とBRCA2の遺伝子配列や遺伝子検査の方法などについて、複数の特許を取得してきました。
同社は両がんの遺伝子検査市場を独占したばかりか、医師や保険会社、カウンセラーなどに検査の必要性を教育し、BRCA遺伝子変異リスクの少ない女性も含めて、すべての女性を対象に検査を受けるよう推進しました。このビジネスモデルに対して、マギル大学法学部(Faculty of Law, McGill University)のリチャード•ゴールド博士とデューク大学法科大学院(Duke Law School)のジュリア•カーボン博士が批判しています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3037261/
2009年には、ミリアド社に対して、分子病理学学会(Association of Molecular Pathologists)やアメリカ自由人権協会( American Civil Liberties Union)などが結束し、特許の無効を主張しました。攻防はその後も続きましたが、最終的に、米国最高裁判所は2013年6月13日、ミリアド社の所有する一部の特許を無効としました。
最高裁判所の判事が全員一致で、「自然界に存在するDNA断片は天然物であり、単離されているという理由のみでは特許対象とはならない」という判決が下されたのです。それまで日本、米国、欧州等の各国特許庁では、自然に存在する天然物から人為的に単離された遺伝子は、特許の対象とされていました。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMhle1308199
この最高裁の判決のちょうど1か月前、前回の記事で取り上げた、アンジェリーナ・ジョリーさんの告白が大きな話題となりました。ただし同時に、アンジェリーナさんと同じ遺伝子検査を受けたいという希望者のうち、ミリアド社の検査費用(3000〜4000ドル)が高すぎて受けられないという事例も続出し、メディアなどを通じて社会問題になっていたところだったのです。その最中に下されたこの判決は、全米の関心を集めました。
http://www.cnn.com/2013/05/24/opinion/sulik-patented-genes/
この判決の結果、必要な人が遺伝子検査を安価で受けられ、研究者も訴訟を恐れずに研究を推進できようになるものと予想されました。実際、そうした見通しどおり、他の企業もBRCA1とBRCA2に関する遺伝子検査を開発し、市場の競争が始まったのです。
ところがミリアド社は、最高裁判所によって無効化されていない特許を侵害されたという理由で、新たに遺伝子検査を開始したラボコープ社(LabCorp)、アンブリジェネティック社(Ambry Genetics)、クエスト・ダイアグノスティック社(Quest Diagnostics)などの企業を次々に訴え始めました。最終的には、ミリアド社は、それらの企業と和解すること、そして残りの特許で訴訟は起こさないことを発表しました。先日ようやく長年の戦いが終了したとして、今年1月末にニューヨークタイムズ紙などで報道されました。米国において約20年も続いてきた遺伝子特許を巡る大論争のひとつが、ようやく決着したのでした。
http://mobile.nytimes.com/2015/01/28/business/myriad-genetics-ending-patent-dispute-on-breast-cancer-risk-testing.html?_r=2