サブプライムローン問題が火を噴いた昨年夏、京都大学大学院教授だった白川方明・日本銀行総裁は、「FRBは金利を引き下げるだろうが、代償としてインフレリスクを背負う」と語ったものだ。

 1年後の今、白川総裁の懸念通りに、バーナンキ・FRB議長は「やりすぎ」批判にさらされている。金融危機を脱出するために大量に供給された資金が投機資金となって原油、食糧市場に流れ込み、価格高騰をもたらしたからだ。

 米国のインフレ率(消費者物価指数前年比)は4%台に達し、EUも3%台後半だ。日本は1%強だが、それでも食品を中心に値上げ騒動が起こっていることを考えれば、米国の中低所得者層の生活はさぞかし物価上昇に直撃されていることだろう。

 ロイター調査によれば、米国民の長期インフレ予想(5~10年先)は3.4%という12年ぶりの高さであり、イングランド銀行の英国民の12ヵ月後の物価上昇予想は昨年8月まで長く2%台を推移していたが、この5月調査では4.3%に達したのも頷ける。

 世界的インフレ、さらにはスタグフレーションを懸念する声が日増しに高まっている。

 人びとのインフレ予想率が高まり、諸物価上昇と賃金上昇がスパイラルを起こして制御が利かなくなってしまう。その一方で、例えば、賃金上昇コストを製品価格に転嫁した挙句に売れなくなり、景気が悪化していく。この経済低迷下の高インフレを、スタグフレーションと言う。

 従って、足元のインフレ率上昇だけではなく、米国や英国の人びとの1年後や5~10年後のインフレ予想の高まりは、バーナンキFRB議長やトルシェECB総裁にしきりにインフレ警戒を口にさせるに十分な理由なのである。

 先進諸国が真性のスタグフレーションに襲われたのは、2度のオイルショックが起こった1970年代しかない。74年に16%、80年には14%もの高インフレとなった。だが、その後2007年8月までは長期の低位安定が続いた。発展途上国は様子が違って、80年代から90年代前半までピークは90%近くまでインフレ率が急騰したが、これまたその後は劇的に低下した。

  つまり、昨年8月以降の世界的インフレ率の上昇があまりに久しぶりの“事件”だから、各国政府が慌て、メディアが騒いでいるともいえるのである。

 では、長期間インフレ率が低く抑えられ続けたのはなぜか。多くの理由が考えられるが、専門家たちの指摘はひとつに収斂される。それは、中央銀行の独立性の向上である。

  1970年代のスタグフレーションは、各国中央銀行が金融政策に失敗した結果である。それは、金融政策の習熟度の低さに加え、各国政府の圧力ゆえだった。インフレ抑制のために金融を引き締めれば、成長率を下げ、あるいは国債発行がうまくいかなくなり、政治が容認できるところではない。