「あのドキュメンタリー動画なら、私も見ました」――

 中国の友人らが口々に「見た」と言うのは、今年3月、PM2.5問題を取り上げたネット映像「穹頂之下(Under the Dome)」だ。中国の女性記者が中国の大気汚染の実態について私財を擲って取材したもので、今年2月28日、動画は「人民網」で104分にわたって放映された。

 中国では多くの人々がドキュメンタリー動画を観た。わずか1日で中国本土での再生回数は1億5500万回を超えたとも言われ、予想以上に中国社会に大きな波紋をもたらした。

中国各地の工場から排出されるばい煙が大気を汚染

「PM2.5問題は人災だ」と結論付けたこのドキュメンタリーは、その後、当局による削除に遭ったのだろう。全人代開幕直後の3月5日以降、掲載サイトの人民網から姿を消してしまった。

「穹頂之下」は、中国在住の一部の日本人の間でも話題になった。中国に在住する北岡峰幸さん(65歳)は、この映像を見て衝撃を受けたひとりだ。筆者の連絡先を探し出し、メールでこう伝えてくれた。

「私もたった今この映像を見ました。中国のPM2.5問題、国外からも応援の報道を伝えれば、健全な中国化に対する応援ができるのではないでしょうか」

 PM2.5の原因についてはさまざまな憶測が飛んだが、この報道によりそのひとつひとつが明らかになってきた。果たして「応援の報道」となるかどうかは未知数だが、少なくとも映像の内容を日本人にも知ってもらう価値はある。同映像をプロデュースし、キャスターも務めた女性記者・柴静のレポートを、この原稿で再現してみたい。

スモッグによる健康被害は
PM2.5問題のはるか以前から存在

 2013年1月、北京は25日が「雾霾(Wumai、スモッグ)」だった――映像はそんな衝撃的なフレーズから始まった。2014年、中国各地の空気汚染日数を数えた。天津197日、瀋陽152日、成都125日、蘭州112日、石家庄264日。一年の半分以上を家の中で暮らす人は少なくない。

 柴静記者は2013年からPM2.5問題を取材し始めた。浙江省や河南省、江西省を取材で駆けまわるが、北京に戻って妊娠が発覚する。だが、お腹の子どもにはすでに腫瘍があった。「家族が健康でありさえすればいい」と、彼女はCCTV(中国中央電視台)の職を辞した。