取引の向こうには、必ずひとりの人間がいる

田端 『マーケット感覚を身につけよう』の最後に出てくる、徳島県の山間地域に住むおばあちゃんの話が、まさにそうですよね。料亭の皿に添えられる葉っぱ「つまもの」を、近所の山で集めて生計を立てる。

ちきりん 町全体でやっているビジネスですが、1000万円の年収を稼いでいるおばあちゃんもいるらしい。

田端 おばあちゃんたち、市場とのやりとり自体を心から楽しんでるんじゃないかと思うんです。マーケットって、売る相手・買う相手が見つかったときの原始的な喜びがある。自分が提供したものが、売れるってことは、最高の承認であり、賞賛なんですよ。

ちきりん そう、市場に評価されるって、誰でも純粋にうれしいですよね。

田端 僕なりに結論づけると、マーケット感覚ってけっきょく、他者への想像力をどれだけ持てるかということだと思うんです。マーケットには売る人がいると、必ずその向こうに買う人がいる。僕は株の取引もやるのですが、ネット取引とかしていると、ついつい、そのことを忘れてしまいます。でも、ネットの取引画面の向こうには、必ず自分が買おうとしている銘柄を売ろうとしている人がいる。この、生身の「取引相手がいる」という当たり前のことに、じつは株を3年くらいやるまで気づきませんでした。

ちきりん そこを自覚している人は少ないかもしれません。

田端 ひとつの売買が成立するには、必ず自分と対になる相手がいる。そして、その人は、自分とは違うポジションと利害を持っていて、それを解消するために、自分と反対の取引をしようとしている。これがマーケットの本質なんです。だからこそマーケットはおそろしいし、あたたかい。この深みは……なんと言ったらいいのかな、言葉を尽くしても伝わらないところがあると感じます。つまり、マーケットに向き合うというのは、他者に向き合うということなんですよね。

ちきりん 人間に興味が無いとダメなんですよね。他者のインセンティブシステムをすごく深く理解できないと、その人が求める価値を提供することはできない。

田端 しかし、読んでいて複雑に感じたのは、この本の最後で触れられているつまものビジネス、ちきりんさんが紹介したら、真似するところがたくさん出てきちゃったりするんじゃないですか?(笑)おばあちゃんたち、困らないかな?(笑)

ちきりん ここはもうだいぶ前からやっているから、今は一歩先に進んで、若いインターン生を受け入れて起業のノウハウを教えたりしているんです。市場に早く参入した人は、市場からのフィードバックを得てどんどん次の段階に行けるんですよね。

田端 なるほど。

ちきりん 人は「学ぶ」というと、すぐ学校に通ったり本を読んだりすることを考えますが、マーケットから学ぶのって、じつはすごく効率的なんです。

田端 学校の授業は静的な知識をインプットするものですけど、マーケットの学びはトライ・アンド・エラーを繰り返す、動的なものですよね。すぐに状況が変わるからこそ、誰も、永遠の優等生には、なれない。逆に劣等生にも常に挽回のチャンスが開かれている。

ちきりん そう、このおばあちゃんたちなんて、50年、60年と農業しかやってこなかったのに、今はタブレット端末を駆使して注文をとって、立派にマーケットで価値を提供してるわけでしょ。人間はこれくらい大きな変化でも易々と受け入れるし、何歳からでもマーケットでプレイヤーになれるってことなんです。なにも取り柄がないとか弱者だとか、早々に諦めてしまう必要はまったくないのだってことを、わかって欲しいです。 (了)

※この対談は全5回の連載です。 【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】