キーワードは「ヘッドピン」を探せ
限られて経営資源で何らかの大きな目標を達成するには「選択と集中」というところまでは、多くの人が思い浮かぶでしょう。そこからが少し違うのです。少し長い引用になりますが、肝の部分を紹介しましょう。キーワードは「ヘッドピン」と「ロードマップ」です。
「私たちの選択と集中とは、世間で考えられているような多くの課題の中から何かを捨てどれかを選んで集中するというものではなく、仕事の対象となる多くの課題のうちに主要な共通課題と言えるものを見つけ出し、それに集中するというものである。一つひとつの課題に対応していたら。人手もお金もまったく足りない。そこで、これを解決すれば他の課題も連鎖的に解決される、というような主要課題を探したのである。ボウリングでたとえるなら、これに当てれば連鎖的に残りのピンも倒れるヘッドピン(一番ピン)を見つけ、それに当てることに集中するということである」(13ページ)。
例えば、筆者はエンジンの燃費改善技術については、各社の技術名を列挙すると山のようにあるが、突き詰めて考えると、名前が違うだけで目指すものは同じではないかと思い至ります。「エンジンの燃費改善とは、結局エネルギー損失をいかに減らすかということにほかならない。そこで、エンジンの持つエネルギー損失には何があるか」(13ページ)と考えを進めます。
結果、4つの損失とそれに影響を与える7つの制御因子というより高い次元のカテゴリーに集約されていきます。4つの損失とは「排気損失」「冷却損失」「ポンプ損失」「機械抵抗損失」、7つの制御因子は「圧縮比」「比熱費」「燃焼期間」「燃焼タイミング」「壁面熱伝導」「吸排気行程圧力差」「機械抵抗」です。
人見さんはこう述べます。「効率改善技術一〇〇も一〇〇〇もあると思えば迷うが、制御できるものは七つしかないとわかれば、寄り道をしないで済む。また、その壁がいくら高いからといって、逃げることもなくなる。自分たちがいま、どのあたりにいるのかもわかる」(15ページ)。そしてこう続けます。「課題に対するヘッドピンを見つける方法は、究極の姿を描いてそこに至るロードマップを描くということに尽きると思う」(15-16ページ)。
そして人見さんたちはロードマップの最初のステップとして、7つの制御因子のうち高圧縮比化、吸排気行程圧力差低減、機械抵抗損失低減の3つにフォーカスして開発を進め、SKYACTIVE-Gというエンジンを誕生させるのです。
人見光夫さんを主人公にしたNHKの「プロフェッショナル」が1月12日に放映され、ご覧になった方も多いかも知れません。そこにはシャイで温厚そうな人見さんが映し出されていましたが、本書を読むとその奥に潜む、技術者としての冷静な目、誇り、意地が感じられます。だから、人間ってやっぱり面白いんですね。