しかし、生産側と流通側がお互いに「いい記事を書いて、いい記事が世に広がる」という一つの理想に合意しているうちは、少なくとも大きな問題は発生しませんでした。生産と流通を友好的に橋渡しする存在がキュレーターだったのです。そういう意味で、流通側に立つキュレーターは、生産側にとっての良き理解者であるべきなのです。

 ですから、「ネットには、なんてことのない記事を配信しておけばいいんですよ」という言葉の裏には、キュレーターが良き理解者ではなくなったことで(あるいは理解するキュレーターがいないことで)、両者の間に深い溝ができ始め、生産側が苛立ってきたということにほかなりません。

「なんてことのない記事」はなぜ増えたか
深まる生産側と流通側の溝

 ある日、とあるキュレーションアプリで「いちゃいちゃしすぎだろ! 濃厚な絡みのAVが出現」という記事を見かけました。「よくも、こんなけしからん記事を配信するメディアがあるものだ」と仕事4割、興味6割でリンクを開いてみたら、そこにはお互いをなめ合う子猫と子犬の写真が……。AVというのは、アダルトビデオではなく、アニマルビデオの略なのだそうです。

 一杯食わされて、良い意味でにやっとしました。売れ筋はこうした工夫で作られるんだな、その発想がさすがだなと。しかも、これは個人の思いつきで書かれた記事ではありません。非常に質の高いテック系の記事で知られるアイティメディア株式会社が運用する、新媒体「ねとらぼ」が配信した記事であり、同社の戦略的事業ポートフォリオのなかに組み込まれた、れっきとした戦略商品なのです。

 同社の決算書類のなかでは、「ねとらぼ」は「PV重視の新モデルで急成長中」と報告されており、ニュースに公益性が必要かどうかという議論はさておいて、会社の成長・規模拡大を視野に入れた場合に、「なんてことのない記事」は、メディア事業として無視できない領域だということでしょう。

 ほかにも、テレビで流れる芸能人のゴシップや一挙手一投足を拾う専門チームを組織しているコンテンツプロバイダーもあります。みなさんも、こうした記事をキュレーションアプリでよく見かけているはずです。このように生産側は、流通を担うニュースキュレーションアプリなどに記事を最適化させて数字を狙いに行きます。記事をピックアップする編集者や機械のロジック(そしてユーザーの行動)を先読みし、取り上げてくれれば、それで成功。「なんてことのない記事」というのは、そういう性格の記事であり、生産本数を増やして行きます。