「やりたいこと」をやるのが「楽しい」わけではない
安藤 ところで、私、『シンプルに考える』で、もう一ヵ所、すごく印象に残った部分があるんです。「あとがき」に書かれていた、「僕は子どものころ、何をしているときにいちばん楽しそうだった?」というお母様への質問です。なぜ、この問いかけを本の最後に持ってきたんだろう? その意図は何だろう、と気になって。
森川 すごく大事なことだと思ったからです。「大人は劣化した子どもである」という言葉を聞いたことはありませんか? 僕は、そのとおりだと思うんです。歳を重ねれば重ねるほど、僕たちは「世間の常識」に染まってしまう。本当の自分から遠ざかってしまうと思うんです。だから、そんな「大人」になる前の、何物にも染まっていない純粋な自分はどう生きていたのか。その自分をもう一度取り戻してほしい、と伝えたくて。好きなことを無意識に選択していた自分が、本来の自分だと思うんですよ。
安藤 幼少期の自分を見つめ直すことで、あらためて自分がどんな人間なのかを知るということですね。
森川 ええ。だから、僕は母親にそんな質問をしてみたんです。答えは「虫取り」でした。それで、当時のことを思い出しました。僕は、一日中カブトムシやクワガタを探し回っていたんです。それも、捕まえたらすぐに逃がす。飼うことより、新しい餌場を探すのが好きだったんです。それで、いろいろ自分のことを振り返ってみたところ、それからもずっと「新しいこと」にチャレンジするのが好きだったことに気づいたんです。
安藤 なるほど。それで、インターネット・ビジネスという「新しいこと」に熱中していったわけですね。
森川 そうですね。僕は、「好きなこと」を仕事にしたほうが、人間は幸せだと思います。だけど、何が好きなのか自分でもわからなくなるときがある。そんなときは、子どもの頃を思い起こすとヒントがつかめると思っています。ただし、「好きなこと」や「やりたいこと」が見つかったとしても、それを「楽しいこと」と混同しないでほしいんです。
安藤 というと?
森川 「やりたいこと」と「楽しいこと」は、まったく別の話です。高い山に登って頂上の景色を見たいと思っても、4合目や7合目で「もうやめたい」「なんでこんなつらいことを始めちゃったんだ」と後悔したりするじゃないですか(笑)。でも、頂上の景色を見れば、「そうそう、これがやりたかったんだよ」となる。
安藤 すっごくわかります(笑)。
森川 だから、やりたいことであれば最初から最後まですべてが楽しいはず、と考えているうちは、成功できないと思います。ちょっと楽しくなくなったりつらくなったりすると、「これはやりたいことじゃなかった」と思って、簡単に山を下りてしまうからです。
安藤 頂上に登るまでは苦しいことがあって当たり前ってことですね。とはいえ、『シンプルに考える』を読んで思うんですが、LINE(株)で成功するまでにはたいへんなご苦労もされてますよね? あきらめたくなったことはないんですか?
森川 ああ、それはないですね。というより、僕はLINE(株)では、「やりたいことをやる」というよりも、「成功しなければならない」という義務感のほうが強かったですね。
安藤 しなければならない?
森川 はい。僕は経営者でしたからね。自分の「やりたいこと」よりも、「しなければならないこと」に全力を尽くさなければなりません。経営者になっていちばん大きく変わったのは、その意識でした。
安藤 なるほど。
森川 それに、LINE(株)にはアジアの人もたくさん働いていました。彼らの話を聞いてみると、日本人が想像もつかないくらい貧しい故郷から出てきた人もいるんです。彼らは、電気も水も通っていないようなところから、実家に仕送りをするために日本にやってきているんです。失敗したら、彼らだけでなく、彼らの家族まで生活できなくなってしまうということです。
安藤 ああ……背負っている重みが、違う。
森川 日本人は、なんだかんだ言って豊かです。仕事で嫌なことがあっても、失敗しても、「とりあえず一杯飲んで気分を切り替えよう」と思えるでしょう。けれど、彼らは違う。「逃げ」が許されない状況で、家族の命を背負って働いている。「楽しい」とか「やりたい」という気持ちも大切ですが、経営者としては、「絶対に成功する」ことがもっとも大事だったんです。
安藤 ……なんだか、鳥肌が立ちました。経営者って、そんな重圧を抱えているものなんですね。
森川 でも、だからこそ、真剣に仕事に向き合う社員たちと一緒に高い山を登ることができたんだと思います。そして、とても素晴らしい景色を見ることができた。だけど、その第一歩は、若いころに純粋に「自分がやりたいこと」を追求しようと思ったことにあるわけです。だから、若い方にはぜひ「やりたい」ことを見つけてほしい。そして、頂上に登るまであきらめずにがんばってほしいと願っています。
<続く>