「事業計画はいらない」
 僕は常々こう明言してきました。ビジョン(中長期計画)をもたない会社はありますが、年間計画をもたない企業はほとんどありませんから、いつも皆さんに驚かれたものです。もちろん、これが一般論としてあらゆる企業に当てはまるとは思いません。僕はただ、それぞれの企業や事業に合ったやり方があるのだと考えているのです。

 実は、僕がNHN Japan株式会社の社長になった当初は、精緻な計画をつくって社員たちに徹底させようとしていました。それが、「経営の常識」だと考えていたのです。僕は、日本テレビ、ソニーと大企業に勤めてきましたから、日本的経営には馴染みがありましたし、MBAを取得してアメリカ的な経営についても学びました。その双方において、「事業の計画性」は重要な概念でしたから、それをNHN Japan株式会社にも適用するのが当然だと考えたのです。

 ところが、これがうまく機能しませんでした。
 理由は簡単。インターネットの世界は、あまりにも変化が速いからです。数ヵ月先のことも正確に予測することが難しい。そして、市場環境が変われば、計画を変更しなければなりません。これが、社内に不協和音を生み出したのです。

「社長はコロコロ変わる」「社長はブレている」……。計画を変更するたびに、一部の社員からそんな批判が聞こえてきました。「世の中が変化しているのだから仕方ないだろう」と説明しても、なかなかわかってもらえない。

 これには少々困りました。社員から批判されるのは構わないのですが、計画を変更するのに手間取るのは非常に大きな問題でした。いかに変化に素早く適応するかが、僕たちのビジネスの最重要ポイント。社員たちが環境の変化に即座に反応できなければ、結果など出せるはずがないのです。

 そして、LINEが生み出されるころ、シンプルな解決法に気づきました。

「計画を発表しなければいい」

 僕が思うに、日本人には「変わるのは悪いこと」というイメージが強い。だから、計画の変化にネガティブに反応してしまう社員が現れる。ならば、計画を発表しなければいい。そうすれば、計画が変わったかどうか誰も気づかない。みんながハッピーになれるし、何より変化への抵抗がなくなるんじゃないか、と。

 だから、厳密に言うと「計画がない」わけではありません。
 計画の詳細を社内でアナウンスするのをやめたのです。事業リーダーに、達成してほしいベースラインを伝えるのみ。後は、それぞれの判断に委ねることにしたのです。

 こう言うと、必ず尋ねられます。
「ベースラインを設定すると、それをクリアすることで現場は安心してしまうのでは?」
 もっともな質問だと思います。しかし、LINE株式会社には「いいものをつくりたい」という熱意に溢れる社員が多い。彼らが主導権を握っている限り、そのような雰囲気が生ずる心配はないのです。
 

1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属され、多数の新規事業立ち上げに携わる。2000年にソニー入社。ブロードバンド事業を展開するジョイントベンチャーを成功に導く。03年にハンゲーム・ジャパン(株)(現LINE(株))入社。07年に同社の代表取締役社長に就任。15年3月にLINE(株)代表取締役社長を退任し、顧問に就任。同年4月、動画メディアを運営するC Channel(株)を設立、代表取締役に就任。(写真:榊智朗)

 しかも、彼らは誰よりもユーザーやマーケットの変化に敏感です。変化が生じれば、誰に言われるまでもなく、自らの判断で方向性を切り替えていきます。むしろ、計画があるからこそ、彼らが変化しようとしたときに足を引っ張る人々を生み出してしまう。であれば、計画を周知するよりも、彼らに舵取りを任せたほうがいいのです。

 そして、クオリティの高いプロダクトを速くつくることに集中してもらう。そのプロダクトをユーザーが認めてくだされば、自然と数字は達成できます。むしろ、優秀な社員たちが計画に縛られることなく、自由に力を発揮してくれれば、僕の想定をはるかに上回る結果を出してくれるのです。

 だから、LINE株式会社では、社長がすべきことは計画を周知徹底させることではありません。「いいものをつくりたい」という思いをもつ優秀な社員たちが、主導権を握る職場環境を守ることなのです。(『シンプルに考える』森川亮・著より)