私たちは毎日、無数の決断をしています。優れた決断の根底には優れた判断(judgment)があるわけですが、すでにある選択肢の中から合理的に決めること(decision)とは異なり、判断には選択肢自体を考える知恵が必要です。チームリーダーとなれば、日々判断を求められる場面に遭遇します。その際、「自問自答すべき問い」を今回から解説していきます。この問いを繰り返し考え、実践することによって、将来、賢慮のリーダーとなる能力が磨かれることでしょう。

知を生み出す3つの方法
基本となる演繹法と帰納法

 人間が知を生み出す方法論としては、大きく2つの方法があります。演繹法と帰納法です。どちらも学校の数学の授業で習ったはずです。

一橋大学名誉教授 野中郁次郎

 演繹法はトップダウンの考え方で、ある事象に既存の命題を当てはめ、命題で事象を説明していきます。

 たとえば、「すべての人間は死ぬ」という命題があります。それに対して、「ソクラテスは人間である」という命題を対置させると、「ゆえにソクラテスは死ぬ」という結論が導き出されます。何ともつまらない、当たり前の話ですね。凡庸な三段論法というわけです。

 それに対して帰納法はボトムアップの考え方です。特定の命題ではなく、個別具体の事実をたくさん集め、それらの共通点を普遍化して新たな命題を作りあげていくやり方です。

 たとえば、白鳥という鳥がいます。何百、何千羽の白鳥を見ていくと、確かに白い白鳥ばかりです。そこから導かれる命題は「すべての白鳥は白い」です。見れば分かる話で、さほど面白みはないですね。

 ところが、1697年にオーストラリアで黒い白鳥が発見されました。色が黒いだけで、中身は白鳥そのものです。このように、帰納法によって導かれる命題は、異なる事実が発見されると間違いだと分かることもあります。

 ですが、そこから、「ほとんどの白鳥は白いが、ある条件によっては、黒い白鳥もいる」という新しい命題が導き出されます。先ほどの「ソクラテスは死ぬ」と比べてください。どちらが創造的で価値が高いでしょうか。

 演繹法は絶対に正しいという命題から出発し、それを事象に当てはめていくだけなので、その命題以上の新しい発見がありません。

 帰納法は違います。集めた事実から、それらに共通の命題が新たに導き出される。つまり、新しい知を生み出すには演繹法よりは帰納法が向いています。

 ただ、個別具体の事実から普遍的命題を導く際、先ほどの例のように「すべての白鳥は白い」といった、まったく当たり前の内容になったらつまらない。多少強引だけれども、跳んだ発想を持ち込むほうが面白い。イノベーターがよく使うのは、異なる事象の類似性からアイディアを生みだすメタファー(喩え)です。そういう「跳んだ帰納法」をアブダクションといいます。