荒唐無稽な物語と、ドラッカーの解説が見事に両立

川上 で、みんなで何やるかって言うと、グラウンドの整備ですよ。そろそろ野球部員が出てくるかなと思ったら、グラウンドに花を植える人を勧誘しだした(笑)。これね、もうどうするんだと。高校野球に勝つ話じゃなくて、マネージャーが増えていく話。こんな物語、今まで読んだことなかったから、すごくおもしろいと思いました。あとおもしろいと思ったのは、マネージャーが集まって野球部の定義をするシーンですね。

岩崎夏海(いわさき・なつみ)
1968年生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学建築科卒。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として多くのテレビ番組の制作に参加。その後、アイドルグループAKB48のプロデュースなどにも携わる。著書に『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)など多数。

岩崎 内容を言うとネタバレになるのですが、この野球部は、前作とはまた違った定義を採択しています。そこにおいて、主人公・夢の友人である真実が、その定義をぶち上げるんですよね。

川上 このなかで唯一まともな一般人って、主人公の夢ちゃんだけですよね。他の人は「なるほど……」って納得しているんだけど、夢ちゃんだけドン引きしてる。これ、リアルですよね。むちゃくちゃな状況に見えて、現実でもよくある光景だと思います。だって、真実ちゃんみたいな意識高い系の若い子はたくさんいるじゃないですか。そしてそういう人たちが集まって、一歩引いて見ると「何言ってるんだ」ってことで盛り上がっていることはよくある(笑)。かなり荒唐無稽な内容なのに、現実感があるんです。物語のおもしろさと説得力を両立しているのがすばらしいですね。

岩崎 そこは、物語としてあえて戯画化しているところももちろんありますが、作品のテーマのひとつでもあるイノベーションというのは、そもそも「むちゃくちゃな現実が起こる」ということなんですよね。だから、その意味ではリアリティもある。

川上 最終的に、マネージャーが増え続けるでしょう? これも一見むちゃくちゃだけど、勝負の面から見ても合理性があると思います。組織としてムダが多い集団になっていて、もう一つのテーマでもある「居場所」をつくることにもつながっている。一人ひとりに働き場所をつくっているわけですから。すごくよくできていますよね。

岩崎 やっぱり成功している企業というのは、居場所をつくっているんですよね。Appleも、直接生み出している雇用はけっきょくApple Storeの店員がほとんどじゃないか、と批判されたりしていますが、Apple Storeの店員ってみんな胸を張って働いてるじゃないですか。それは僕、すごいことだと思うんです。

川上 居場所をつくることと、企業として利益を追求することは、矛盾しているんですよね。経営理念のようなキレイ事を本気で考えている経営者がいるとすれば、かならずどこかでぶち当たる問題だと思います。僕は、企業が社会に対してできる貢献とはなんなのかをいろいろ考えたんですけど、その結果、それは「雇用の確保」だという結論にいたりました。それ以上に社会にいいことなんて、企業にはできやしないんです。さらにいうと、他の会社ではやっていけないような人間をたくさん雇用することが、もっとも大きな社会貢献になる。でもそれは、資本主義の競争原理と共存させるのがすごく難しい。

岩崎 競争に弱い人間は、なかなか居場所を確保できないですからね。

川上 まさにそうです。人間の居場所って、最終的には「食っていける」ということですから。今は飢えの心配がほとんどない社会に暮らしているので、精神的な居場所ばかりがクローズアップされますが、それはやはり贅沢病。一番重要なのは、雇用だと思います。

岩崎 先ほど、居場所づくりと利益追求は矛盾しているとおっしゃいましたね。ドラッカーも、まさにそれを矛盾ととらえながら、しかしその矛盾している状態こそが本質ではないかと考えた。それを解決しようとすることは、たとえるなら「焼け石に水」なんだけれど、でもその水をかけるという行為こそ、実は尊いのだと。

川上 その水をかける行為って経済合理性がないんだけれど、ドラッカーはそれが大事だと言ったわけですね。つまり、資本主義の論理に完全に個人を一致させて合理的に生きていくことよりも、人間の善なるものを信じて非合理的に生きる方を正しいとした。競争原理からいうと前者のほうが正しいんだけれど、後者のほうが人間らしいですよね。そして、僕もドラッカーと同じく、後者のような人間らしさを大事にすべきだと思うんです。なぜなら、経済合理性だけで判断することは、最終的に人工知能に置換されてしまうから。

岩崎 まさにそうです。だからドラッカーは、「理念ではなく現実からスタートする」というのを口すっぱく言っていました。「人間らしさ」という「現実」があるのだから、それを抜きにしては考えられないよ、と。そしてその方が、結局はうまくいくんだと。