『嫌われる勇気』と『嫌われる勇気』以外

(写真左)岸見一郎(きしみ・いちろう)
哲学者。1956年京都生まれ。京都在住。高校生の頃から哲学を志し、大学進学後は先生の自宅にたびたび押しかけては議論をふっかける。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や古代哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの“青年”のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。訳書にアルフレッド・アドラーの『個人心理学講義』(アルテ)、『人はなぜ神経症になるのか』(春秋社)、著書に『嫌われる勇気』(古賀史健氏との共著、ダイヤモンド社)、『アドラー心理学入門』『アドラー心理学実践入門』(以上、ベストセラーズ)』、『アドラー 人生を生き抜く心理学』(日本放送出版協会)などがある。
(写真右)古賀史健(こが・ふみたけ)
ライター/編集者。1973年福岡生まれ。1998年出版社勤務を経てフリーに。現在、株式会社バトンズ代表。これまでに80冊以上の書籍で構成・ライティングを担当し、数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズは累計70万部を突破。20代の終わりに『アドラー心理学入門』(岸見一郎著)に大きな感銘を受け、10年越しで『嫌われる勇気』の企画を実現。単著に『20歳の自分に受けさせたい文章講義』がある。

 フォーラムの対談イベントではこんな質問もあった。

「韓国では『嫌われる勇気』以来、たくさんの「アドラー本」が出版されました。でも売れているのは『嫌われる勇気』だけです。これは「アドラー心理学」が人気なのではなく、『嫌われる勇気』が人気だということ。アドラー心理学は現実的ではなく、実践するのが難しいということではないでしょうか」

 それに対して岸見氏はこう答える。
「結論だけ見れば「アドラー心理学」とよく似ている心理学はこれまでもありました。しかし、アドラーとそれ以外の心理学を決定的に異なるものにしているのは哲学の有無だと思います。結論は一緒だとしても、そこに至るプロセスが違うのです。いま、巷にあふれている「アドラー本」もその多くが「アドラー心理学」の哲学を正確に理解せず、テクニックとして語っているだけなのかもしれません。

『嫌われる勇気』は日本人が読むとすごく西洋的だと言われ、西洋人が読むと非常に日本的だと言われます。みんな自国の文化とは異なるものだと感じているのです。これは『嫌われる勇気』のテーマがすでにあったものだけれど、自分は知らなかったと感じているということなのでしょう。そのテーマとは、人類が今まで気づいてこなかった対人関係に関する普遍的な悩みであり、その答えだと思います。『嫌われる勇気』は、現代人にとっても100年後の人にとっても役に立つ思想なのです」

これからの『嫌われる勇気』

『嫌われる勇気』は日本と韓国だけではなく、台湾でもすでに21万部のベストセラーになっている。そして現在もつぎつぎと海外翻訳出版が決定している。『嫌われる勇気』の今後の展開について著者の二人に聞いてみた。

「アドラーの思想はもともと欧米で生まれたものです。そしていま、アジア各国で人気になっている『嫌われる勇気』には東洋的な思想も反映されています。したがって、西洋人とって、同書を通じて知るアドラー心理学はまた新鮮に感じられると思います。西洋で生まれたアドラーが『嫌われる勇気』という新しいきっかけを通じて、逆輸入のように受け入れられていくことを期待しています」

 オーストリアで生まれたアドラーの思想が100年の年月を経て、『嫌われる勇気』という新たな息吹を吹き込まれ、アジアのみならず、世界中で受け入れられる日は近い。
(取材・文/松井未來)