壁にぶつかったら、横にずれろ!

堀江 寺田さんは、何か捨てられないものってあるの?

寺田 仕事関係は特にないかもしれないですね。前は昔の台本を取って置いたりしたけど、今は捨てられますね。

堀江 寺田さんの場合、「いつかは帝国劇場で!」といった考えをまずは捨てることが大切だよ。今度、僕はニューヨークに「The Ride」「Sleep No More」という、体験型シアターと呼ばれているステージを観に行こうと思っているんですね。「The Ride」はもう話題になっていますが、走る二階建てバスの中を「劇場」に見立てて、歩道など街中でパフォーマーが繰り広げるエンターテインメントを「観劇」するというものです。「Sleep No More」は、地上6階、地下1階のビルの中に、シェイクスピアの『マクベス』を表現する約100の部屋があって、そこを見て回るという、体験型のエンターテインメントらしくって。劇場以外の場所をステージに変えてしまうというのは、イノベーションですよね。

 例えば、寺田さんだって「朝劇」という、朝の通勤前の一時間で、カフェの営業していない時間に芝居をやったりしているよね?そういう既存の価値とは違うことも試しているんだから、僕なんかは、もう一歩そこに軸足を移してもいいのかなと思うんですよ。

寺田 まだ『もしイノ』を読んでいないんですけど、そういうことが、書いてあるんですよね。私自身、捨てるというところは、あと一歩だと思っているので、読んでみたいと思いました……。

堀江 僕も今でこそ43歳になって、いつの間にかそれなりのステータスができましたけど、大御所の人たちや尊敬している人たちと一緒に仕事ができるのって、既存の価値観の中では一部のスターだけなんですよ。

 野球選手でいえば、高校野球でスターになった田中将大選手はメジャーリーガーになったけれど、ハンカチ王子と騒がれた斎藤佑樹選手はならなかった。マー君のようなスター選手ならば、長嶋茂雄という大御所とも対等に話せるだろうけど、斎藤選手が王道のやり方でその立場にたどり着くのは至難の業のはずです。でも、それだと精神的にはきつい。だけど、全然違うところで、俺は野球は向いていないけどラグビーをやるかとか、マイナースポーツだけどやっていけば、もしかしたら五郎丸選手のようになって、「実は野球ファンだったんですよ」って話せるようになる可能性が出てくるんだよね。

岩崎 秋元康さんが、まさにそういうことをやっていましたね。放送作家時代、ギャランティはどんどん上がっていったそうですが、当時の放送作家では上限が設定されていたんですね。でもそれが、文化人になるとそれ以上になるとわかったんです。それなら文化人枠になるしかないといって、秋元さんは実際に作詞家になってギャラが変わったと。

 秋元さんの言葉でいえば、「俺は壁を乗り越えたことがない。壁につき当たったら、横にずれるんだ。横にずれれば、万里の長城じゃないんだから、いつかは壁がなくなっている」と。

堀江 またいいこと言いますね!詩人ですねぇ。でも、その通りだと思いますよ。僕も同じで横にずれていくんですよ。小学校のときからそうでした。まさに、寺田さんの業界はそういう発想ができない人が多いですよね。

寺田 多いですね。壁を乗り越えようとしている自分がかっこいいという人も多いと思います。

堀江 自己陶酔ですね。しかも、壁を越えようしていない人たちは非難されちゃうんですよね。

寺田 そう、壁を乗り越えようとしていない人たちは、異端児のように煙たがられたりしますね。きっとそういう周囲の声に打ち勝つ精神も必要なんですよね。

岩崎 声優の山寺宏一さんもそうだったと思います。声優の地位が低すぎるからと、タレントになるしかないと考えたといいますよね。

堀江 インターネットの世界なんて、横にずれていけば、どんなところにもリーチできましたからね。大学を卒業していないようなペーペーのベンチャー起業家だった僕が、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの小室哲哉さんのサイトを手がけられたのも、きっとそういうことだったと思うんですよね。

 そんなわけで、寺田さんにはこの本を読んでもらって、『もしイノ』で変わったって言ってほしいですね。

岩崎 一人でイノベーションを起こすのは、かなりの勇気も必要だから、新しいことをやろうとしている仲間を作っていくことも大事だと思いますね。