ところが、大学教育に対する信頼が根底にないため、企業は「確率論」と称して、採用でも昇格でもギャンブルのような人事を今なお続けている。そこに根深い問題がある。これでは、企業人として優秀な東大出身者も、自らが正当に評価されないという意味で、不満を抱くのではないか。他の行き詰まった東大出身者らと、結果として「十把ひとからげ」の同じような扱いを受けているのだから……。優秀な人は、もっと優秀であり続けるべきなのだ。

「確率論」は、実は「みんな一緒」という、歪んだ悪平等の意識を内に含んでいると、筆者はかねてから見ている。悪平等を徹底して排除しようとする機運が強いならば、もっと厳格で、公平な評価や採用を求める強い世論が高まるはずなのである。しかし、甘えや嫉妬をベースにする「確率論」は、多くの企業に今なお根付いているし、業界によっては加速度的に増している。「確率論」は、中途半端なエリートにとっては都合のいいものなのかもしれない。

「確率論」は、東大出身者に限らず、他の大学出身者の既得権も、結果として守るようになる。そこで、多くの社員の意識にギャップが広がる。様々な職場でたとえば、「あの人って、あんないい大学を出て、なぜこんなことができないの?」というものだ。

 そこに、高卒や専門学校卒、中卒の人も含めた、幅広い層の疑問や不満がある。これがしらけたムードや疑心暗鬼を生み、企業社会の競争を弱くしているのではないかと思う。競争力を強くするためには、競争に参加する人たちの納得感を可能な限り、高めることが大前提となる。これは日本の成長に著しく欠けている思想である。

これからの企業で
学歴を語ることは無意味になる?

 取材の最後に、林氏はこんなことを付け加えた。

「特に2020年以降、日本人がこれまでに経験したことのない厳しい時代になります。少子高齢化が一段と進み、国内需要が行き詰まります。多くの企業が海外進出せざるを得なくなります。採用や昇格などで、年齢や性別という枠を早急に取り払わないといけなくなるはずです。定年制も取り払うべきでしょう。

 そんなときに学歴を持ち出し、採用や昇格を決めているようでは、時代の変化についていけません。優秀な社員の昇格が遅れ、活躍ができない上に、20~40年も前の学歴の優劣を語り、自分のプライドを守る人がいるようでは、笑い話を通り越してしまうでしょう」

 次回も、ローアングルで「学歴病」の闇に迫りたい。