30代後半で管理職に昇進し、プレイング・マネジャーとして働くTさんは上の世代の人たちの働き方を他山の石として、とにかくオンとオフを明確に使い分けて、メリハリをつけることを習慣にしてきました。どちらかというと20代あるいは30代初めまでのTさんは、仕事のことを引きずるタイプで、オンとオフを切り替えるのが下手でした。

 そんな自分の性分を変えようとしたのは、子どもができてからです。結婚した当初も奥さんには、家の中で眉間にしわを寄せるのは止めるようさんざん指摘されていたのですが、自発的に家庭内で仕事のことを考えないようにしたのは、最初の子どもが生まれたときからです。

 しかし、それまでの習慣はそう簡単には変えられず、オンからオフに完全に切り替えることができませんでした。頭の片隅に残してきた仕事が気になったり、明日の打ち合わせの内容を考えたりと、自分の意思とは裏腹についつい仕事に意識がいってしまったそうです。

 そこでTさんが考えたのは、物理的な「切り替えスイッチ」を設定するということでした。これまで仕事でも、企画書を書く前にコーヒーを飲むと気分が変わって集中力が高まることを経験していましたが、そこにヒントを得てオンとオフの切り替えにも物理的なスイッチを決めて、それを変えた瞬間に意識も変えるという習慣を身につけたのです。

 これは心理学でいう「トリガー」と同じかもしれません。トリガーとはもともと「銃の引き金」のことですが、転じて何かを起こす「きっかけ」を意味します。例えば、ご飯を食べたら歯を磨くという習慣は、ご飯を食べることが歯磨きのトリガーになっています。

 すべての習慣は何かをきっかけにして生まれているので、このトリガーを意識的につくり出すことが、習慣化のコツとされているのです。

 Tさんは会社を出たら子どものことしか考えないと決めて、社屋を出た瞬間から仕事のことは忘れます。そのために帰りのエレベーターで必ず「1」階のボタンを自分で押して、それをトリガーに「オフ」モードになり、子どものことを考える時間にチェンジしました。

 逆に、朝の「オン」のスイッチを入れるのもやはりエレベーターで、Tさんのオフィスのある「8」階のボタンを押すことでした。

 さらに、それを明確にする儀式も決めていて、オフィスに入る瞬間にあえてちょっと大きめの「おはようございます」、帰るときは「お先に失礼します」という挨拶を徹底したそうです。特定の誰かに向けた挨拶ではないのですが、Tさんはこの儀式を習慣化することによって、次第に「オン」と「オフ」の切り替えができるようになりました。

 体を動かして物理的に何かをする、というのがポイントのようです。頭の中だけで切り替えようと決意したり、何時にやめようと時間をトリガーにしても、どうしても切り替わらなかったようで、あえてボタンを自分の指で押すとか声を出すことで、不思議と気持ちも切り替わるということでした。

 気持ちのスイッチを切り替えるには、「頭を動かすより身体を動かすほうが効果的」というのも先輩たちが言っていた箴言ですが、なかなかオンとオフを切り替えられない人は、物理的に体を動かす「切り替えスイッチ」を習慣化してみてください。

【ポイント】物理的に体を動かす「切り替えスイッチ」を設定する

第11回に続く(6/17公開予定)