日本的、東洋的な人間力とは

【藤沢】日本的なリーダーの在り方を、日本人はみな、できているのでしょうか?もし日本的なリーダーシップが世界の流れであるのならば、日本という国は、これから世界のリーダーになっていくのか。田坂さんはどんなふうにご覧になっていますか?

【田坂】大切な質問ですね。その質問だけで十分な深みがありますが、この国には日本的精神という素晴らしいものがある。東洋には東洋的思想というものがある。しかし、東洋に生まれ、日本に生まれたからといって、それを身につけているとは限らないのですね。

逆に、欧米の人でも、日本的精神や東洋的思想にも通じる深いものを身につけている人もいます。

たとえば、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長はスイス人ですが、見事な心配りのできる人です。誰に対しても心で正対し、感謝の心を忘れない。その「人間力」がある。だから、誰もが、クラウスに頼まれたら何でもしてあげようと思うのですね。

【藤沢】そうですね。

【田坂】しかし、彼の中には「相手にギブすれば、いずれ何かがテイクできる」という発想は、全く無い。クラウスは、日本で言う「残心」が本当にできる人です。相手に対して「心を残す」ということができる。

修行していない人は、挨拶しても「心」がない。しかし、たとえ一瞬といえども、相手に対して心を込めて正対できるということは、すごい力です。それは、気配りができるといった次元ではなく、人間としての日々の心の修行を通じて身につくものなのですね。

シュワブ会長が、45年かけて、「ヨーロッパ経営者フォーラム」という小さな組織を、いまや世界中のトップリーダー、大統領、首相、誰もが参加したがるダボス会議という場にまで成長させられた理由は、戦略やプランニングなどの卓抜さだけでなく、ある意味で、シュワブ会長の東洋的とも言える「人間力」だと思いますね。

仲間を想い、自分の個性でリーダーを務める

【藤沢】東洋的なリーダーシップのお話が出ましたが、これをいかにして「身につける」かというのは、とても興味があるところです。田坂さんご自身はそれをどのように自分のものにしてこられたのでしょうか?

【田坂】実は、民間企業に就職したあとも、私はリーダーやマネジャーになりたいとはまったく思っていなかったのです。むしろ、自分はマネジメントに向いていないと思っていました。

マネジメントというと、我々は、すぐにステレオタイプなマネジャー像や経営者像をイメージし、自分をそれに合わせようとしてしまいます。私自身もそうでした。しかし、本当は百人百様の個性的なマネジメントがある。そのことに気がついたとき、自分にも自分なりのマネジメントがあると思い始めました。

やはり、自分の個性というものを大切にすることが基本の基本です。自分の個性を無理に捻じ曲げ、人のマネジメントスタイルを真似しても、さまにならないのですね。

【藤沢】それぞれのスタイルがあるということですね。

【田坂】そうですね。そのスタイルを育てることができるか否かですね。

もう一つ申し上げれば、『仕事の思想』(PHP文庫)という著書に書いたことですが、「仲間に対する思い」ですね。

互いに人間だから「相性」というものはあります。「相性」の良くない人と巡り会うこともある。しかし、そうしたときにも、「この仲間と、なぜ、巡り会ったのだろうか?」と静かに考えてみる。すると、せっかく巡り会ったのだから、この仲間と素晴らしい景色を見てみたい、という思いが心に浮かんでくるのですね。

世の中には、「一将功成りて、万骨枯る(いっしょうこうなりて、ばんこつかる)」という言葉がありますが、こうなってしまう人生は、寂しいですね。「自分は、ついに経営トップになったぞ!」と思っても、共に歩んだ仲間が死屍累々の状況であるならば、それは、とても寂しい人生だと思います。

この2つのことが、かつて私が、リーダーやマネジメントの道を歩むことを受け入れた理由かと思います。

(対談は次回に続きます)

藤沢久美(ふじさわ・くみ)
シンクタンク・ソフィアバンク代表
大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て、1996年に日本初の投資信託評価会社を起業。同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却後、2000年にシンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年、代表に就任。そのほか、静岡銀行、豊田通商などの企業の社外取締役、文部科学省参与、各種省庁審議会の委員などを務める。
2007年、ダボス会議(世界経済フォーラム主宰)「ヤング・グローバル・リーダー」、翌年には「グローバル・アジェンダ・カウンシル」メンバーに選出され、世界の首脳・経営者とも交流する機会を得ている。
テレビ番組「21世紀ビジネス塾」(NHK教育)キャスターを経験後、ネットラジオ「藤沢久美の社長Talk」パーソナリティとして、15年以上にわたり1000人を超えるトップリーダーに取材。大手からベンチャーまで、成長企業のリーダーたちに学ぶ「リーダー観察」をライフワークとしている。
著書に『なぜ、川崎モデルは成功したのか?』(実業之日本社)、『なぜ、御用聞きビジネスが伸びているのか』(ダイヤモンド社)など多数。
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