部下の人生を思うことが、リーダーの務め

【藤沢】私も自分のチームの中に、「この人がいたらどうしてもチームがまとまらない」と思って悩んだことがありました。

サッカー元日本代表監督の岡田武史さんにそういう話をした際、「チームが1つの目標に向かっているとき、それを阻害しかねない選手はチームから降りてもらう選択をすることがある。だから、自分は選手とご飯を食べたり、結婚式に参列したりという個人的な付き合いは絶対にしない。情が移って判断が鈍ってしまうから」という趣旨のお話をしてくださいました。

岡田さんもドライに切っているのではなく、愛情をこめて、責任を持ってそうされているわけです。ただ、代表戦が「期間限定」の戦いなのに対し、会社は「ずっと一緒に働く」のが前提ですよね。そのときに、「チームから離れてもらう」ということについて、どう考えたらいいのか…。田坂さんはどうお考えですか?

【田坂】「仲間との出会いを大切にする」とは言っても、私も部下に組織から離れてもらったことはあります。ベストを尽くして話しても、わかってもらえない人はいますし、また、その人が、組織全体の和を乱したりすることもある。

私が、そうしたときに、とても参考になったのは、臨床心理学の河合隼雄さんの言葉です。河合さんの言葉で、最も勉強になったのは、「愛情」の定義です。

河合さんは、「愛情とは、関係を絶たぬことである」と言われる。部下に組織から離れてもらうとき、この言葉には、本当に救われました。

組織である限り、誰かに離れてもらうこともある。それはあってもいい。しかし、そのとき、心の中で関係を切ってしまってはならないのです。マネジャーやリーダーに求められる「心の力」とは、離れて3年経っても、5年経っても、「田中君は元気でやっているかな」と思う力です。そして、その心は、たまたまどこかで会ったとき、瞬間的に、言葉を超えて相手に伝わります。

私の最新著、『人間を磨く―人間関係が好転する「こころの技法」』(光文社新書)で述べたことですが、私のマネジメントに反発して離れていった部下の方と、10年の歳月を超え、お互いの心が和解したことがあります。寂しい形で互いの心が離れても、人間、10年を超えて理解し合えることがある。それを信じることも大切ですね。

【藤沢】そうですね、だから焦ってはいけないし、思い続けることが大切だと。

中間管理職や部下はどうあるべきか

【藤沢】最高のリーダーは何もしない』を書いて、多くの方から感想をいただいた中で、「上司にいい顔ばかりしていると部下に嫌われてしまうし、でも部下は頼りないし……」など、中間管理職の方ならではの悩みもたくさん寄せられました。

田坂さんは、中間的リーダーの立場のとき、どういう立ち居振る舞いをされ、どんな心得を持っていらっしゃったのですか?

【田坂】私は、部下に対しては、「プロフェッショナルとして成長しよう」という姿勢で接する、厳しい上司だったと思いますが、一方で、上司に対しては、部下の立場を守ることが自分の役割だと思っていました。

そのため、上司に対しては、部下が頑張って良い仕事ができるように、ときおり、かなり厳しいことを申し上げましたね。上司から見れば、可愛気がない部下だったかもしれませんね。だから、あまり参考にはならないと思いますが(笑)。

【藤沢】田坂さんが時には上司と戦ったというのは、想像できます(笑)。

一方で、ときおり、田坂さんが目上の方に仕える姿を拝見しましたが、その姿には多くの学びがありました。

【田坂】自分が部下という立場にいるときには、フォロワーに徹する、というのが当然だと思っています。なぜなら、フォロワーシップを徹底できない人間がリーダーになるのは極めて危ないと思うからです。日本的なリーダーシップの世界では、フォロワーとして仕える人の気持ちがわかるから、一人前のリーダーたりうるのだと思います。

だから、ある意味で、若手社員の時代に、気難しい上司や、要求の厳しい上司にフォロワーとして仕え切るという体験は、貴重だと思いますね。

私が社会人になった直後、ある省庁の課長のかばん持ちで、2週間の海外出張に同行したことがあります。私の上司が、「こちらの田坂がお供をいたします」と言うと、その課長さんは「御社は、ずいぶん若い方を大切にされるんですね」と言われた。要するに、「なぜ、こんな若造をかばん持ちにするんだ」という皮肉です。

そのプレッシャーはありましたが、私は、出発の朝、「どこまで仕え切ることができるか、修行のつもりで行ってこよう」と決意して家を出たことを覚えています。とにかく、2週間、懸命に頑張ってかばん持ちをしました。すると、出張の最後の日に、その課長さんが、「今回の出張、君が一緒に来てくれなかったら、僕はノイローゼになったかもしれないな」と言ってくれたのです。何か、ささやかな合格点をいただいた気持ちで日本に戻りましたが、まだまだ修行足りなかったのですね、帰国後、3日間、寝込みました(笑)。