この実験の結果をざっくりとまとめると、参加者が平均的な米国人の場合は約半数が効率性よりも公平性を重視した行動を取ったのに対して、参加者がイェール大学ロースクールの学生というエリート予備軍の集団の場合は、逆に80%が公平性よりも効率性を選んだのです。イェール大学を卒業すればエリート集団に仲間入りできて自分は良い収入が期待できるので、集団の間での分配の公平性よりも全体のパイの大きさに意識が向いた結果ではないかと推測されています。

参考:http://www.umass.edu/preferen/You%20Must%20Read%20This/Distributional%20Preferences.pdf

 この実験の結果を英国に当てはめて考えてみると、エリート層はEU残留でグローバル化を進めて英国経済の“効率性”を高めることを最大の価値と考えました。それに対して、一般大衆は、それよりも自分の収入や社会保障は大丈夫か、自分の仲間や地域コミュニティの暮らし向きは大丈夫かといった方を重視したと考えられるのではないでしょうか。そして、この“大丈夫か”という判断は、他者や社会の標準との比較に基づく場合が多いことを考えると、これは経済の“公平性”の実現を最大の価値と考えたと言うことができます。

 このようにエリートと一般大衆で実現したい経済の価値の優先順位が異なっていたならば、一般大衆が経済学的には当たり前の結論(EU残留)に反対したことも納得できます。英国のEU離脱は、ある意味で一般大衆による合理的な判断の結果だったのです。

エリート層の弱体化という深刻な事態

 しかし、よく考えると、エリート層と一般大衆で実現したい経済価値の優先順位が異なるのは、別に最近始まった話ではなく、昔からよくあったことです。それでもエリート層は、効率性と公平性のバランスを何とか取りながら騙し騙し経済を運営してきたのに、なぜ今回は英国と米国と二つの大国でそれに失敗しているのでしょうか。

 この点についての説得的な推論は、世の中の変化が速過ぎてエリート層がそれに追いつけていないということではないでしょうか。