磯村和人(いそむら・かずひと)・中央大学教授
1965年、徳島県脇町(現 美馬市)生まれ。1983年、京都大学経済学部に入学。1987年、京都大学経済学部卒業。同年、京都大学大学院経済学研究科(現代経済学専攻)修士課程に入学。1989年、京都大学大学院修士課程修了。1992年、京都大学大学院博士課程経済学研究科単位取得退学。2003年、京都大学博士(経済学)。福島大学経済学部助教授(1992~2002)、ビクトリア大学経営学部客員研究員(2000~2001)を経て、2002年に、中央大学の専門職大学院国際会計研究科教授に37歳で就任。専門分野は、経営学や社会学。大学院では、主に戦略、組織変革、リーダーシップなどを教える。磯村さんの家族が管理教育と闘う日々や、兄弟が独学で東大・京大の現役合格を果たす方法をまとめたのが、『奇跡の対話教育』(光文社)。亡き父の著書である

磯村 学歴とキャリアという2つの座標軸で会社員を捉えることができます。

 高学歴でキャリア形成もうまくできている人は、その意味では大きな不満はないのでしょう。一方で、学歴が立派でもキャリア形成に満たされない思いの人がいます。そして、高学歴とは言えなくとも、キャリア形成で成功している人もいますね。

 この双方で、ライバル意識を持つことがあるのではないでしょうか。たとえば、「今の会社や職場、仕事はともかく、卒業大学の入学難易度は、私のほうが高い!」という人がいます。一方で、「会社や仕事などでは自分のほうが上。実力があるのはこちらだ!」という思いの人もいます。

 このあたりは、「勝った」「負けた」といった意識が錯綜しているところであり、衝突を誘発しやすいのだと思います。

筆者 出版界をここ十数年見ていると、その通りです。象徴的なのが、出版社で「記者」と名乗る社員です。彼らの中には、就職活動時に全国紙を希望していた人もいます。

 なかには、こんなことを話す人もいます。「大学生の頃、全国紙などに記者職(新卒の採用)として入ることができたが、あえて受験しなかった。受けていたら合格した」「自分は、大手新聞社の記者たちと同じ大学・学部を卒業している」――。

 私には、就職試験という労働市場で認められなかった時点で、彼らは「競争に負けた」としか見えないのです。ビジネスは、結果がすべてですから。しかも、現時点での仕事の能力も高いとは言い難い人がいます。それでも、本人たちは競争に負けたことを頑なに認めようとしないようです。

問題解決能力の習熟度で
「中間層」が多い日本人の特徴

磯村 おそらく、「負けた」とは思っていないのでしょう。そのような人が現れるのは、日本の社会のあり方も影響していると思います。米国と比べると、日本は人材の層の分布に特徴があります。

 目立つのは、中間層が厚いことです。たとえば、16~65歳の成人のITを活用した問題解決能力の習熟度レベル別分布(OECD国際成人力調査)の結果があります。

 日米を比較すると、日本はレベルが最も低い「レベル1未満」がとても少ないのです。1ランク上がった「レベル1」になると、米国が多くなります。日本は、その上の「レベル2」が多い。最上位である「レベル3」と「レベル1未満」が少なく、この中間層が多いことに特徴があるのです。