左、山本勝之助商店の土田高史さん 右うおくに商店の見澤良隆さん

「山本勝之助商店は今から130年前、明治13年に山本勝之助が創業した山物屋です。山物屋というのは聞き慣れない名前かもしれませんが、山の恵みを集め、売ることを生業としてきました。私たちは四代目に当たり、当時から山椒や棕櫚(シュロ)のほうきなどを売っていました。今は輸入が増えたことなどもあって山物屋の数も減り、このあたりではうち一軒くらいしか残っていません」

 創業者、山本勝之助は才覚のある人で、一代にして山あいに当時、全国に知られる山本勝之助商店を築いた。よく育つ山椒の苗木を見つけ、地元の生産者に無料で配り、収穫された山椒を全量買いとることで栽培を広めるなど、商店と取引先、客という三方がうまく回ることを常に気にかけていたようだ。

 土田さんは現在、四代目にあたる山本家の三女の婿で、大阪でサラリーマン生活を経験した後、こちらを継ぐことになった。現在の山本勝之助商店は山物屋にとどまらず山椒を加工し、さらには海外まで広める活動もしている。

「うちだけなんて偉そうなことを言うてますけど、三代目で廃業の危機があり、ほぼ辞めようかなというところでした。ですけれど『せっかく地元にいいものがあるのだからわたしたちの代でもう一度、見なおしてもらえるよう努力しよう』ということで、こうして細々と商売を続けさせてもらっています」

 和歌山は全国の山椒の生産量の7割を占める一大生産地である。他にも生産地はあるがその違いは品種。和歌山で主に育てられるのはぶどう山椒と呼ばれる品種で、粒が大きくぶどうのように房になることが特徴だ。香りはみかんのような柑橘系で、刺激も強い。

 ぶどう山椒の北限は大阪あたりで、それ以北では育てられるもうひとつの品種が朝倉山椒である。朝倉山椒は粒がやや小さく、花のような香りが特徴。刺激はぶどう山椒に比べるとやや穏やかである。

海外ではスイーツに使用で高評価
しかし後継者問題が課題に

生産者の畠中さん

 生産現場を案内していただいた。あたりは深い緑に覆われた山だ。その山の斜面に山椒の木が等間隔に植えられていた。82歳になる生産者の畠中さんは奥さんと二人で山椒畑を手入れしている。

「(82歳という年齢は)このあたりでは普通。平均年齢70代やから」

 そう畠中さんは冗談めかして言うが、山椒の木が植えられているのは斜面なので手入れは大変そうだ。山椒は根が浅く繊細な植物で、栽培には神経を使う。また朝倉山椒と違い、ぶどう山椒の木は棘があり、これも作業の妨げになる。