「ながら運転」の末に起こった事件
真相を神経科学の立場から明らかに
マルチタスクが注意力の欠如を招き、人々のパフォーマンスを低下させることの危険性は近年度々指摘されている。だが、そうは言われても「ながら作業」が既に習慣となってしまい、なかなかやめられない方も多いことだろう。
本書は19歳の若者が「ながら運転」の末に起こした事件の真相を追うと同時に、現代の高度情報化社会の危険性を主に神経科学の立場から明らかにしている。だが、この事件が起こった2006年はその危険性が広く認識されているとは言い難い状況であった。テクノロジーの発展に人間の情報処理能力が追い付かなくなるのは常だが、リスク認知も同様に遅れて広がっていくためである。
登場人物の一人であるレジー・ショーは、運転中にガールフレンドとテキストメールのやり取りを行ってしまい、交通事故を引き起こして二人の男性が命を落とした。
当時、彼が住んでいたユタ州では運転中の携帯電話の操作を過失致死として取り締まる法律はなく、彼自身もそれほど罪の意識が高くはなかったという。スピード違反の前科もなく、地元ではスポーツ万能の好青年として知られた彼が裁かれることになったのは、ちょうどその頃同様の事故が多発したこと、そして人間の注意力の限界を明らかにするアテンションサイエンスの研究が確立されつつあるタイミングだったことが関係していたのかもしれない。本書ではそれを「悪意に満ちたはみ出し者とはいえない人間をどう裁くかという完璧なテストケース」であると表現している。