
森田長太郎
トランプ関税政策の結末はなお不透明だが、株価が堅調なのは各国で積極的な財政金融政策が取られることを市場が予想していることも大きい。とりわけ米国では、需給均衡のもとで減税による財政拡張に加えFRB(米連邦準備制度理事会)の利下げによる金融緩和の実施が見越されている。これは財政拡張と金融緩和はかつての日本のアベノミクスと重なるが、その“実験”の成否は不明だ。

トランプ関税発動で調整局面だった株式市場だが、米国や中国、ドイツでは株価が急回復だ。ドイツはトランプ政権が欧州の安全保障への関与を後退させる流れに国防費などを増強、中国は輸出減少を補うため財政拡張に転じた。財政マネーが株式市場を押し上げる期待が強まっていると考えられる。

トランプ政権発足2カ月余りで金融市場は「トランプ・ラリー」の活況から不安定化の動きを強める。トランプ政策の本質が「アンチ新自由主義」であることを読み間違えたといえるが、市場の今後の最大の課題はインフレ再燃と景気後退の両にらみの金融政策の展開をどう見通すかだ。

日本銀行が3回目の利上げをして政策金利は17年ぶりの0.5%の水準になったが、推定される中立金利からはまだ低い水準だ。企業や家計、政府は長年の金融緩和に慣れ切っている面があり、金利上昇へのアジャストが遅れると後でより大きなショックが起き、経済が混乱する懸念がある。

米大統領選後、金融市場は「トランプ・トレード」で活況だが、「トランプ・ラリー」と呼ばれた第1期トランプ政権の2016年と比べると長期金利の上昇は鈍く、日欧との方向感もばらばらだ。米経済のファンダメンタルズは当時と違い、米株価上昇やドル高・円安が一本調子で進むかは疑わしい。

金融正常化を進める日銀の今後の利上げは、米国景気の軟着陸やリセッションなど「三つのシナリオ」のうち、どのケースで展開するかにかかる。FRB(米連邦準備制度理事会)の政策金利がどこまで低下し、日米金利差→ドル円レート→国内景気へと波及のパスは複雑なだけに見通しは立ちにくい。

日本銀行の追加利上げを機に円高が141円台まで進む一方、日経平均株価は大幅下落した。日銀が利上げを急ぎ過ぎたという批判もあるが、行き過ぎた円安回避には妥当な判断だ。国債買い入れ減額計画はやや慎重過ぎる感があるが、巨額政府債務を考えると今後は政府も国債市場安定化などで共同作業が必要だ。

日本銀行の追加利上げを巡り、国債利払い費増加による赤字財政への懸念がいわれるが、政府債務利払い増の反対側では受け手である家計への実質的な減税効果がある。米国ではFRB(米連邦準備制度理事会)の利上げによる財政赤字拡大の下でも景気が減速しないのは、その効果が一つの要因だ。

金融政策正常化に踏み出した日本銀行だが、利上げをどこまで進めるかはみえない。金融政策運営の基本にしている「2%物価目標」の根拠は曖昧で、デフレに陥った際の大変さを意識した強迫観念のようなものだ。長過ぎた「緩和のコスト」も意識されつつあり、物価目標は柔軟運用に切り替えるべきだ。

米経済は株価と金利が同時に上昇する流れになり「逆相関」が目立った2022~23年と様相が違ってきた。金融引き締めが続く中で景気は逆に再拡大局面に入りつつあるようにみえ、利下げや景気減速の予想が大勢だったコロナ禍後の米経済の「ランディング」の形は見えにくくなった。

2024年は米国の利下げ局面入りと、異次元緩和正常化に動くことが予想される日本との金融政策が逆向きになる可能性が高い。貿易・サービス収支の赤字縮小で実需面からも1ドル120円台方向への円高圧力が高まるが、対外証券投資増の流れがある程度続けばそこまでは円高にならない可能性もある。

岸田首相が表明した「所得減税」に対する財政再建重視とインフレ警戒からの反対論は従来の発想から抜け出ていない。供給ショックへの備えが重要になり、また家計のインフレ期待が上昇している中でこれらに焦点を絞ったものにしないと反対論は上滑りしかねない。

米国では長期金利が4.3%を超え昨年秋のピークを超えたが、昨秋と違い市場の関心は自然利子率(r* )や中立金利の上昇の予想が中心だ。仮に水準が上昇しているとしたら長期金利の水準感も変わり、為替相場や日銀の政策運営への影響も大きい。

日銀がYCC修正に踏み出すという市場の予想は6月の金融政策決定会合でも裏切られる一方、米国では景気後退に入るとの予想が後ずれし続けている。日米で異なる「逃げ水」現象だが、YCC修正は米国景気が鍵となることは間違いない。

IMFはコロナ収束後も自然利子率は世界金融危機で下方屈折した低い水準で推移すると分析するが、労働力不足などへの対応で投資が活発化し「長期停滞」時とは違っている。低いままの自然利子率を前提にした金融政策でいいのか、注意が必要だ。

「植田日銀新総裁」の金融政策で最大のイシューは長期国債購入政策だ。長期金利低下のプラス効果と国債市場の機能低下や資源配分のゆがみなどの功罪についてマクロの視点での議論が重要だ。

米FRBの利上げ減速に将来の利下げを織り込んで長短金利の逆ザヤが進む。市場は「金融危機後の10年」のように「ディスインフレの認識」が再燃した形だが、コロナ危機を「インフレトレンドへの転換」の契機とする見方もあり、金融政策運営は難しいかじ取りだ。

英トラス前政権は大規模減税策が国債暴落を招き崩壊したが、日銀の異次元緩和が約10年続いている日本国債の市場も正しいシグナルを発し得る状況とは思えず、政治が判断を間違うリスクがあることには注意が必要だ。

失業率の大幅上昇を回避しながらインフレ抑制が可能と利上げを加速するFRBと景気の「ハード・ランディング」を懸念するサマーズ元財務長官らの論争が白熱する。鍵は労働供給が回復するかどうかだが、直近では事態は悪化している。

円安を止めるために日本ができるのは財政出動と同時に日銀が低利政策をやめて金利上昇を促すしかない。重要なのは「良い円安、悪い円安」ではなく、その「政策コスト」を払うことが正しいのかを十分に議論することだ。
