山本洋子
北海道最高峰の大雪連峰旭岳の麓の町、東川は道内で唯一、蛇口を捻ると天然水が出る。100年かけて濾過された雪解け水は大雪旭岳源水と呼ばれ、農業用水から生活用水まで全てを担う。東川米は米の鑑評会で高評価を受けるブランド米故に、町は水と米を生かした名産品を計画。町営で酒蔵を建て、酒造会社を公募した。それに応えたのが岐阜県中津川市にあった三千櫻酒造だ。

新潟の酒米を用い、小仕込みの吟醸造りで特徴を出す阿部酒造6代目の阿部裕太さん。だが蔵に入社した2014年は、製造量40石で設備は古く、ずっと苦労の連続だった。

スキー正宗という不思議な銘柄が新潟県上越市(元高田市)にある。明治期にオーストリア将校のレルヒ少佐が、日本で初めてこの町にスキーを伝え、城下町がスキー用具の製造で栄えた。スキー飴やスキー羊羹などが商品化され、スキー正宗も誕生。ほとんどの商品が消える中、酒だけが残った。

ミネラルウオーター生産量日本一の山梨県は、50年前まで日本酒の造り酒屋は50軒あったが、今は9軒を残すのみと激減。「その中でも一番小さい酒蔵です」と、養老酒造6代目兼杜氏の窪田裕光さんは言う。蔵のすぐ近くには、日本最古の木造大鳥居を有する大井俣窪八幡神社があり、春は桜の名所だ。武田信玄が造営を加え、国指定重要文化財9棟を誇るが、現在、神主は常駐せず静かに佇む。

天然記念物のヤマネは日本列島で500万年前から生息し、哺乳類の中で最古参、生きる化石と呼ばれる。その名を冠したどぶろく醸造所が、ヤマネが生息する埼玉県飯能市にあるやまね酒造だ。

コンパクトシティーを実現させる形の一つとして、「クラフト蔵に大きな可能性がある」と東京港醸造の杜氏の寺澤善実さん。港区芝の総面積22坪の4階建てのビルで一年中、酒を醸す。4階で米を蒸し、麹を造り、3階で蒸し米を冷やし、仕込みと上槽は2階、瓶詰めを1階で行う。仕込み水は東京の水道水で、東京産の米と酵母を用いた酒や、SDGsを考慮した無洗米の酒の醸造にも挑む。

丹沢山塊の大山の別名、雨降山は雨が降りやすい山相からで、雨降転じて阿夫利山とも呼ばれ山頂には大山阿夫利神社が鎮座する。縄文時代から霊山として信仰を集め、雨乞いの山として名高い。大量の雨は山の地層をくぐり抜け、地下伏流水となって麓を潤す。その水で酒を醸すのが、神社と同じ伊勢原市の吉川醸造だ。

韓流ブームになる30年も前から、マッコリに注目した蔵元がいた。みちのくの玄関口、福島県白河市の有賀醸造の有賀義裕さんだ。酒造りの技術を生かし、酒質を設計。非加熱でフレッシュな生酒、爽やかな発泡性、きれのいい酸味、低アルコールで辛口、もちろん添加物は一切不使用。キリッとドライな風味で、韓国料理や焼肉の店で人気が沸騰し、蔵の主流商品になった。近年、そのマッコリに次いで、蔵の柱になったのが「陣屋」だ。

米を0.85%まで磨いた零響(れいきょう)は、221日間、精米機を稼働させて醸した酒だ。「自分が飲んでみたかった」と新澤醸造店5代目の新澤巖夫さん。赤字続きで廃業寸前だった実家の蔵から、東京農業大学へ進学し、新聞配達をしながら醸造学を必死に学んだ。24歳で蔵を継ぎ、杜氏になって酒蔵の改革を実行。目指したのは、食事を引き立たせる究極の食中酒だ。

今年7月、神奈川県で14蔵目の酒蔵が誕生した。銘柄は「HINEMOS」で、全ての時間を意味する。代表の酒井優太さんはIT出身で海外駐在も経験。世界に向けて日本文化の発信をと、伝統産業の日本酒を選び、2018年にRiceWineを創業した。

丹沢山と大山の麓にある黄金井酒造は、初代が水の良さにほれ込み、1818年に創業。「神奈川では珍しい軟水で、酒造りに好適」と醸造長の飯塚栄治さん。2021年の全国新酒鑑評会で神奈川県唯一、金賞を受賞した。

日本海を望む山口県阿武町木与地区の棚田で育つ山田錦で酒造りするのが阿武の鶴酒造だ。創業は1897年、奈古港まで100mという海の近くに蔵は立つ。祖先は交易船を持ち、酒蔵も経営。後に酒蔵を専業にしたが売り上げが減少し、1983年に酒造りをやめた。その年に生まれたのが6代目の三好隆太郎さんだ。

箱根山を真正面に望む足柄平野の東端、酒匂川左岸に立つ井上酒造。代表銘柄は「箱根山」だが、7代目の井上寛さんが力を注ぐのは、地元の米と電力を活用した地域で完結する酒造りだ。農家で太陽光発電所も営む小山田大和さんから、米価の安さや耕作放棄など農業の窮状を聞き、農家が安心して米作りができるよう契約田を増やすことを決意した。

大塚酒造の6代目で杜氏の大塚清一郎さんは剣道5段の腕前で、竹刀を櫂棒に持ち替え、純米酒造りに精魂を込める。妻の亜希子さんは剣道3段、高校国体の試合で亜希子さんが一目ぼれし、結婚に至る。酒造りは夫婦と清一郎さんの両親だけという家内制手工の蔵だ。

2021年3月、山口県萩市と阿武町の6蔵が、国税庁から産地をブランド化する地理的表示(GI)「萩」に指定された。その1蔵が八千代酒造で、5代目の蒲久美子さんが杜氏を担う。蔵が立つ旧むつみ村は、山と田んぼに囲まれた全戸数700世帯弱の小さな集落。その地、唯一の酒蔵だ。

香り高く甘くフルーティな酒「東洋美人」を極めたのは、澄川酒造場4代目で杜氏の澄川宜史さん。人気蔵だが昔は負け組で、酒が売れず、父親は早朝から深夜まで営業や配達に回った。宜史さんは東京農業大学醸造学科に在学中、「十四代」高木酒造で研修し、酒造りの高い精神を学び感銘を受けた。卒業後、蔵へ戻り、「自分が飲みたい酒を造りたい」と、2004年杜氏に就任。酒質改善を行い、甘美な酒を仕上げた。

田の中の酒蔵で、田中が造る65%精米の酒だから「田中六五」と至って明快。地元糸島産山田錦で純米酒のみを醸すのが白糸酒造8代目で杜氏の田中克典さん。目指すのは糸島の地の利を生かす酒造り。

1980年代、酒造業界は価格競争に明け暮れた。利守酒造4代目の利守忠義さんは、品質本位の別路線を模索中、1軒の農家が栽培する背の高い米と出合い感激した。酒造特性に優れると昔の文献にあった雄町だったのだ。当時、岡山県は多収量の朝日が奨励され、雄町は絶滅寸前。わずかに神道の黒住教へ奉納するため栽培されていた。

2020年11月、150年で途絶えた酒蔵の跡地に、新しい酒蔵が完成し、新酒「天美the first」が初出荷され即刻完売した。蔵元は太陽光発電や半導体メーカーの長州産業で、酒蔵経営は初となる。杜氏は3蔵で経験を積んだ藤岡美樹さんが務め、わずかにガスを含んだフレッシュ感とブドウや白桃のような果実感ある美しい酒を醸す。

地域の土と水と微生物を生かし、個性を表現する産土の酒造りを提唱する花の香酒造6代目蔵元杜氏の神田清隆さん。町の風景を自然豊かに、未来へつなぐ構想を掲げる。蔵が立つ和水町、菊池川流域は古代の阿蘇山大噴火の火砕流が凝固した台地で、稲作2000年の歴史を誇る米の産地だ。
