「農耕民族」はマイナス査定、
「狩猟民族」はプラス査定!?
一説によると、「農耕民族」は視覚が広角的(全体を見渡せる)ですが浅く、「狩猟民族」は視覚が動深的(動体視力と深視力がよい)のようです。
そして共同作業が必要だった「農耕民族」は人を見ると、「その人は味方になってくれるか?」(まず味方をつくる)と考えるのに対して、限りある獲物の分配を考えなければならない「狩猟民族」は、「その人は敵か?」(まず敵を探す)と考えるそうです。
また、「農耕民族」は、物事の基準が「豊作」かどうかなので、マイナス査定(満点主義)なのに対して、「狩猟民族」はゼロのところから獲物をとるので、よい点を積み重ねていくプラス査定になり、先送りできる農耕と即決が求められる狩猟では答えを出す瞬発力の違いもあると言われています(ひろさちや著『狂いのすすめ』より)。
ブッシュマンは男女平等社会!?
あと、実際のイメージとの違いというのもあります。
私はこれまで「狩猟民族」というと、空腹を抱えてあちこちと食料を探しながら移動する人たちというイメージがあったのですが、砂漠に住んでいるブッシュマンを調査してみると、実際には草、魚介類などの採集が中心で、狩猟の獲物はたまのご馳走ときだけ。そして、採集活動は女性が中心なこともあり、想像以上に男女平等な社会のようなのです。
「農耕民族」と「狩猟民族」の違い。どちらがよい・悪いではなく、命のもとの食を得る手段で人間性が形成されていくのは当たり前のように思います。
民族間の違いがわかるだけでも、互いの理解が深まるのではないでしょうか?