確率思考を使ってゼロイチは可能か

佐渡島 今日伺いたかったことのひとつに「自分たちでキャラクターを生み出すことに、確率思考を使おうとは考えなかったのか?」ということです。

 たとえば、森岡さんは『ONE PIECE』の価値を再発見されて、USJの中で、大きくしているじゃないですか。『ONE PIECE』の映画を観ている人がどれくらいいるとか、アニメを観ている人はどれくらいかのデータは、おそらく算定しやすいですよね。そうすると、世界観をゼロから作る必要はなくて、キャラクターを借りてくるという方が効率的なのかなと思ったんですよね。

 コルクの場合は、作家が一作品を終えると、新しいタイプの作品に挑戦します。でも、大ヒットの後でも、新作となるとヒットするかわからない。ファンは、作家でなく作品についてしまっている。だから、新しいキャラクターを生み出すことへのジレンマみたいなものがあります。

森岡 そうなんですね。ファンは、作品に付くんですね。

佐渡島 はい。だから「宇宙兄弟ファン」を「小山宙哉ファン」に変えないといけないと思っているんです。読者が、小山宙哉を好きになると、小山宙哉の次の作品も応援してくれるようになりますからね。

 音楽業界ではそれができていると思っているんです。たとえば、「Automatic」を好きで、他の宇多田ヒカルの曲に興味がない人は少ない。宇多田ヒカル自身にファンが付いている。だから、今回のアルバムも「母親の死を乗り越えて制作されたものだから、聞かないといけない」といったモチベーションをファンは持ちますよね。アーティスト本人にファンがつく構造は、やっぱりうらやましいなと思いながら見ています。

森岡 その売り物が、ほぼパーソナリティそのものであるアーティストと、作品が売り物である場合との違いですね。

佐渡島 はい、マンガの場合はアーティストの価値と作品の価値がリンクしづらい。

森岡 小説とマンガの違いはありますが、これまで村上春樹さんという大成功例もあるわけで、不可能ではないですよね。

佐渡島 そうですね。

森岡 もしやるのだとしたら、その人にまつわる人間性も含めて総合的にプロデュースして、時間をかけてかなり計算し尽くして、やるしかないのかなとは思います。

 確率思考の考え方を使えば、うまくいきそうな芽を見つけて、1つではなく、5~10個集めて、正規分布に落とし込んで考えて、真ん中の2つ、3つが当たればいいという考え方をします。ある程度そぎ落として、成功していくという図式ですね。

 実は私も、USJで人気キャラクターを作りたかったんです。そこで、いろいろなことをやりましたよ。たくさんトライしました。

佐渡島 あまりうまくいかないものもあったんですか。

森岡 はい、同じ時期にいろいろと手をつけて、取引条件が良いものの中で育ちそうな芽を見つけては試して。そして、ここ数年間の間に、ようやくひとつ芽が出たのが「ミニオン」です。

佐渡島 あ、そうなんですね。

森岡 USJがなかったら、あそこまで日本で人気は出なかったでしょうね。

佐渡島 なるほど。

森岡 ミニオンは、あのキャラクターのポジショニングが非常に魅力的ですよね。

佐渡島 ある人が、人気のタレントやアーティストには「憂い」の要素が不可欠だとおっしゃっていました。ミニオンには「憂い」みたいなイメージを持ちましたが。

森岡 「憂い」というか、「毒」っていうか(笑)。完璧じゃない部分が魅力になっている。いたずらっ子で、純粋。ムチャクチャ変なことをいっぱいするんだけれど、愛されキャラ。憎めなくて、「バカだな、お前」みたいなかわいい部分を持ったキャラクターですよね。社内でも、そこに魅力を感じている人間が多かったので、物販部を中心に頑張って、今では、うちの第一物販セールスをドライブするキャラクターとなっています。

佐渡島 そうなんですね。そこまで主力になっているんですね。

森岡 『ハリー・ポッター』といい勝負ですね。

佐渡島 おぉ、そうですか!

森岡 そういう意味では、キャラクターをもっともっと強化していかなければいけないという意識はあります。そこで、結構いろいろ手を打ってきました。しかし、ミニオンほどの成功を導くのは簡単ではないですね。

 ゼロからイチを生み出すのは、やはりリスクが高い。さらにいうと、テーマパークは、巨大集客装置なので、ニッチなもので本当に成立するコンテンツは、なかなかない。そのため、ある程度人気があるキャラクターを、リーズナブルな価格で持ってきて、プロデュースしてより大きくしていくほうがリスクは少ないと思っています。

【森岡毅×佐渡島庸平】ユニバーサル・スタジオ・ジャパンをV字回復させたスゴ腕マーケターと「マーケティング」について語り合った【第2回】『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』(森岡毅/KADOKAWA)

 ゼロからイチを生み出すというよりも、1を5にして、10にしてっていうことのほうが、このビジネスモデルには向いてると思うんです。しかし一方で、そんなことを日本国中すべてがやりだしたら、新しいものが生まれてこなくなるという懸念がある。

 だから、佐渡島さんのやられているような仕事はすごく重要だと思っています。ゼロからイチを生み出す天才を見つけてくる仕事が、コルクの重要なミッションですからね。

佐渡島 そうですね。

森岡 作家本人も自分の価値に気付いているかどうかわからない状態じゃないですか。そこを発掘してくる仕事には、すごく魅力を感じています。私は自分自身が、ゼロからイチを作り出すことが得意ではないので、そういうクリエイターが持ってる才能や、新しい時代を作る種を生み出す人たちを見つけてくる仕事はすごいな、と純粋に思います。

(明日に続きます)