2011年1月10日午後1時5分。米ミシガン州デトロイト市コボセンターのリバービュー・ボールルーム――。
デトロイトショー(北米国際自動車ショー)の会場に詰めかけた約1000人のプレス関係者と自動車業界関係者が、「プリウス」の派生型量産車ワールドプレミア(世界初公開)の瞬間を待っていた。
場内照明が暗くなったと同時に、会場にナレーションが流れた。「Please welcome, Akio Toyoda, President, Toyota Motor Corporation」。それを聞いた各国のプレス関係者たちが「え!? (社長が)来ていたンだ」という表情で互いの顔を見合わせた。
豊田章男社長がアメリカで公の場(記者会見またはテレビ番組)に登場するのは久しぶりだ。壇上で豊田社長自らがスピーチ冒頭に述べたが、2010年2月のCNNテレビ番組「ラリーキングライブショー」以来である。
日本では新車発表などの各種行事でマスコミのインタビューを受けてきた豊田社長だが、アメリカではやはり一連のトヨタリコール問題を受けてプレスへの対応はこれまで慎重の上に慎重を重ねてきた。
今回の豊田社長のスピーチは、全編英語でキッチリ5分間。その内容は、米国トヨタ上層部が練りに練ったと思われ、豊田社長の英語の発音や話し方についてもプレゼンテーション業のネイティブスピーカーによる指導がみっちりと行われたと思われるほどに、パーフェクトだった。台詞がつっかえることもなく、まさにトヨタにとって理想的なスピーチだったろう。
スピーチの内容の優先順位は6段階あった。①「アメリカの消費者」②「エコノミー(経済)」③「産業」④「弊社の従業員」⑤「弊社の販売店」、そして⑥「環境」。また、アメリカ人気No1の自動車レース、NASCARへ参戦する「カムリ」の話題などを適度に織り交ぜた。
ビジネスとしての製品紹介は、米国トヨタ販売のボブ・カーター副社長にバトンタッチした。約9分間のカーター氏のスピーチの後、舞台裏から自走して登場した「プリウスv(ヴイ)」。全長x全幅x全高=4615mmx1775mmx1575mm、ホイールベースが2780mm。これは現行「プリウス」をひと回り大きくしたようなイメージだ。
その運転席から豊田社長が再登場し、カーター氏と2パターンの想定問答をした。そのなかで、台本ではカーター氏が豊田社長に合計3回「ミスター・トヨダ」と発言することになっていた。だがアドリブでカーター氏は「ミスター・アキオ・トヨダ」を1回追加、さらに呼びかけとして「アキオ」を1回だけ追加で使った。
本連載の第62回「電気自動車で先を行く日産を追う、トヨタとホンダの歯切れが悪い裏事情」で紹介した通り、昨年11月にロサンゼルスモーターショーでトヨタとテスラが共同開発電気自動車「RAV4 EV」を発表した時には、米国トヨタ販売のジム・レンツ社長が記者の囲み取材で豊田社長を終始「アキオ」と呼び、そしてテスラのマスク社長を終始「イーロン」と呼んだ。このことについて筆者は、トヨタが現時点では北米EV事業をベンチャー的ビジネスとして演出し世間に印象付けたいためだと書いた。
対する今回、どこかかしこまった演出の狙いは恐らく次の3点だったろう。