出荷台数ベースで業界トップに──[1992年10月]
それからは信じられないような快進撃が続いた。
墨田さん経由で毎月10台ほど受注する。それだけで保証金として1000万円、さらに月々の固定売上200万円が積み上がってゆく。
中国人の天才技術者がフレックスファームに入社してきたのもこの頃だ。フレックスファームがはじめて求人広告を出した時に、最初に電話してきたZhu Rong(ツゥ・ロン)、通称タケは、180センチを優に超える長身痩躯の男で、愛嬌のある笑顔が特徴だった。
「ワタシは中国でいろんなプログラミングの賞をとりました。それで技術系の名門である上海交通大学に推薦で入学できました。これはスゴイことです」
彼はボロボロになった賞の写真、それに大学に通った証明書などを見せながら、片言の日本語を駆使して自らの能力を誇示した。
「ワタシは中国の同世代ではナンバーワンのプログラマーです。間違いアリマセン」
信じられないほど自信満々なのだ。
「へえ。それで、今は何をしてるの?」
「ワタシは仕事がしたくて日本に来ました。でも、日本語がうまく話せないので、今はラーメン屋でコックのバイトをしながら、日本語の学校に通ってます」
おおっ、なんてうさんくさい話なんだろう。
「そうか、でもコンピュータの仕事がしたいんだ」
僕がそう尋ねた時、彼はキラキラと目を輝かせてうなずき、大きな声で言った。
「はい、コンピュータの仕事がしたいです!」
その時のタケの表情は、本当に最高だった。僕はその無邪気な笑顔に惚れ込んで、その場で彼を採用することに決めた。20名ほど応募があったが、僕が選んだのはタケだった。すぐに日本における彼の保証人になり、就労ビザや日本の大学への進学などもフォローした。
この時の判断は正解だった。めっぽうアクが強いキャラクターだが、その腕に嘘いつわりはなく、タケはまぎれもない天才技術者だった。上には上がいるもんだ。僕は舌をまいた。音声応答サービスにおいてキーテクノロジーとなるミドルウェア「Bamboo」を、タケはなんとたった一人で取り組み、三ヵ月ほどで完成させたのだ。それによって米国ソフトウェア企業に支払っていた一台あたり20万円の使用料をカットできることになった。
さらに音声応答ボードの購入は米国から一括で直輸入する方式に変え、一台あたりの仕入れコストを60万円ほど下げた。ハードウェアも同様、複数のDOS/Vメーカーから見積もりを取り、最もコストパフォーマンスのよいベンチャーから仕入れるようにした。その結果、サーバー一台あたりの製造原価は約80万円となり、当時の最大手だったデータリンクと比較して半分以下に圧縮することに成功したのだ。
またNTTと粘り強く交渉し、数百回線を格納できる回線センターを近隣に開設した。築何十年か、畳の匂いがひんやりと漂う古臭いアパートの一室だったが、この設備によって、顧客が望む番組を、他社の力を借りることなく、独力で提供できる体制が整った。
ソフトウェア技術力、価格競争力、回線センターの規模とコスト、そして販売ルート。いずれをとっても業界最高レベルとなり、フレックスファームは音声応答サーバーの出荷台数ベースでトップシェアとなった。第一号の納入からわずか半年後のことだった。(つづく)
(第8回は1月4日公開予定です)
斉藤 徹(さいとう・とおる)
株式会社ループス・コミュニケーションズ代表 1961年、川崎生まれ。駒場東邦中学校・高等学校、慶應義塾大学理工学部を経て、1985年、日本IBM株式会社入社。29歳で日本IBMを退職。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業し、ベンチャーの世界に飛び込む。ダイヤルQ2ブームに乗り、瞬く間に月商1億円を突破したが、バブルとアダルト系事業に支えられた一時的な成功にすぎなかった。絶え間なく押し寄せる難局、地をはうような起業のリアリティをくぐり抜けた先には、ドットコムバブルの大波があった。国内外の投資家からテクノロジーベンチャーとして注目を集めたフレックスファームは、未上場ながらも時価総額100億円のベンチャーに。だが、バブル崩壊を機に銀行の貸しはがしに遭い、またも奈落の底へ突き落とされる。40歳にして創業した会社を追われ、3億円の借金を背負う。銀行に訴えられ、自宅まで競売にかけられるが、諦めずに粘り強く闘い続けて、再び復活を遂げる。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書は『BE ソーシャル 社員と顧客に愛される 5つのシフト』『ソーシャルシフト─ これからの企業にとって一番大切なこと』(ともに日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数