波瀾万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語「再起動 リブート」。バブルに踊らされ、金融危機に翻弄され、資金繰り地獄を生き抜き、会社分割、事業譲渡、企業買収、追放、度重なる裁判、差し押さえ、自宅競売の危機を乗り越え、たどりついた境地とは何だったのか。
本連載ではいち早く話題のノンフィクション『再起動 リブート』の中身を、先読み版として公開いたします。
モンスターマシン──[1991年5月]
怒涛の納品から一週間ほどたっただろうか。
あれ以来、墨田さんからもクライアントからも連絡がない。どうしたんだろう。マシンは順調に稼働しているのだろうか。なにしろ複雑なソフトウェアを組み込んだ第一号機だ。こう言ってはなんだが、トラブルがないほうが珍しいのだ。不安にかられた僕は、思わず受話器に手を伸ばした。
「墨田さん、先日はありがとうございました。納品させていただいたサーバーですが、稼働の状況がいかがでしょうか?何か問題点などありませんでしょうか?」
すると、墨田さんは少し控えめな声でこう答えた。
「ああ、大丈夫です。その件で、ちょっとご相談があるのですが、また近いうちに訪問させてください」
二日ほどしてから墨田さんが来社し、第一号機の稼働状況を報告してくれた。
「システム面でのトラブルは今のところありません。それより、調子がよすぎるんです。すごく儲かるんですよ。あの新しい番組コンテンツが――」
墨田さんいわく、今までの番組だと平均利用時間は4分弱、それが新しい番組では平均5分を超え、日によっては平均7分に達することもあるという。商売のコツは大げさなことではなく、ちょっとした工夫であることが多い。彼らの強みは、仮説・検証を何度も繰り返すことで、そこに最短でたどりつくところにあるのだろう。
儲かりすぎるとはどういうことか、ここで具体的に計算してみよう。
アダルト系番組を提供していた彼らは6秒10円という最も高額な情報料を徴収していたため、12回線サーバーが稼ぐ金額は一日あたり50万円を超えることも少なくない。平均利用時間が約40%増えれば、それに準じて売上も増加する。つまり、僕たちが納品した第一号機は、同じ広告投資で一日あたり7、80万円もの稼ぎをたたき出すモンスターマシンとなったのだ。月に換算すると、一台あたり1500万円だった売上が、2000万円を軽く超える。彼らにとって、僕たちに毎月支払うサーバー費用20万円など、もはや誤差の範囲内だった。
墨田さんはやや興奮した面持ちで、彼らの内情を吐露してくれた。
「この新番組で搭載したランダム機能のアイデアは、最初に導入したクライアントの発案だったので、私たちがコンサルティングしている同業他社に提供するのに、強い抵抗を感じていらっしゃるんです。あまりにも儲かりすぎるからです」
僕たちは話を聞いて納得した。それはそうだろう。これだけの収益を生み出すアイデアであれば、自社で独占したいと考えるのは当然だ。なにしろ相手はダイヤルQ2バブルでうなるほど稼ぐことを覚えた強者だ。だが、レンタルサーバー方式や当社との取り組みを企画したのは墨田さんだ。だからこそチーム内部で話し合いが続いているとのことだった。
墨田さんが帰った後、僕たちは雄叫びとともにガッツポーズを繰り返した。中身はともあれ、メーカーとしては墨田さんの信頼に報いることができたのだ。
「フレックスが出荷するシステムからは絶対にバグを出さない」
出荷前にそうハッパをかけて開発チームを鼓舞していたことが現実になったのもうれしかった。僕はこの時、あらためて素晴らしい仲間たちに恵まれていることに心から感謝した。