近いところでは2015年に今井正人が東京マラソンで出した記録が歴代6位、2012年に藤原新がやはり東京マラソンで出した記録が歴代8位、2007年に佐藤敦之が2007年に福岡国際で出した記録が歴代4位に入っているが、それ以外は10年以上前の記録だ。

 また、これまで2時間9分を切った日本選手は42人いるが、そのうち29人が10年以上前に出したもの。好記録が出ていた2000年前後はマラソンに出場する選手の多くが2時間8分台以上を目指していたし、それを出してもさほど話題にならなかったが、今、8分台を出そうものなら有望選手として大注目される。この状況が日本のマラソンが伸び悩んでいることを表している。トレーニング理論をはじめシューズなどの用具も進化しているのにもかかわらず、この停滞。高岡寿成氏が2002年に出した2時間6分16秒の日本最高記録が14年以上更新されていないことが話題になるが、最近の日本マラソン界にはそれをぶち破る空気は感じられなかった。

 一方、世界のマラソン記録は伸び続けている。世界最高記録2時間2分57秒を持つデニス・キプルト・キメット(ケニア)を筆頭に、2時間3分台の記録を持つ選手が8人、4分台を含めると30人もいる。すべてケニアとエチオピアの選手だ。日本で行われる駅伝にも、多くのケニア、エチオピアの選手が出場するが、そのスピードはけた違いで、とても太刀打ちできない。

 記録を含めたこの圧倒的な差を見せつけられると、いくら日本マラソン界が復活の手立てを講じても、五輪でメダルを獲得するのは夢のまた夢だろう。

 ただ、この停滞した状況はぶち破らなければならない。その期待を若く伸びしろがありそうな箱根駅伝を走る有力ランナーに託そうというわけだ。

両立が難しい
駅伝とマラソン

 箱根駅伝は「日本のマラソンの父」と呼ばれる金栗四三氏の「世界に通用するランナーを育成したい」という思いをきっかけに1920年に創設された。そして実際、多くの名ランナーを生んだ。1984年ロサンゼルス五輪、1988年ソウル五輪に出場した瀬古利彦氏(早稲田大)がそうだし、1991年の世界陸上で金メダルを獲り、1992年バルセロナ五輪に出場した谷口浩美氏(日本体育大)もそうだ。マラソン記録日本歴代10傑を見ても、2位の藤田敦史氏(駒沢大)、4位の佐藤敦之氏(早稲田大)、6位の今井正人(順天堂大)、7位の谷口浩美、8位の藤原新(拓殖大)は箱根駅伝経験者だ。

 ただ、その一方で箱根駅伝で大活躍し、長距離・マラソンのランナーとして将来を期待されたものの大成しなかった選手も少なくない。また、実績を見ると箱根駅伝とは縁がなかった選手の方が良かったりする。五輪でメダルを獲った円谷氏、君原氏、森下氏がそうだし、中山氏、双子の名ランナー・宗茂氏、宗猛氏、同時期に活躍した伊藤国光氏も高卒で社会人になってから実力を伸ばした。また、日本最高記録を持つ高岡氏は関西の龍谷大学出身で箱根駅伝を走っていない。