「官」に非ざる者は「賊」
「尊皇」即ち「官」に非ざる者は「賊」である。「賊」は、天皇=朝廷に反逆する者、国家に反逆する者であるから「悪」となる。
このようにして、幕末動乱時にこの国は天皇を軸にして「官」と「賊」に分かれて血を流したのである。
勿論、朝廷勢力、天皇勢力というものが政治的に存在していたわけではない。薩長の討幕派が天皇を文字通り道具として利用し、敵対する者に「賊」というレッテルを貼ろうとしただけに過ぎない。
「賊」とされることを恐れるだけの教養が行き渡っていたから、討幕戦争は内乱ともいえないほどの小規模な戦闘を経ただけで、討幕派の勝利というかたちで終結したというのが実態である。
実に奇妙な新政権
そして、実に奇妙な新政権が誕生する。
薩長討幕派は、イギリスの支援を受けている。
討幕の意思を固めた以上は当然のこと、幕府の禁令を無視して密貿易によってイギリスから大量の武器を買い入れたのだ。
アメリカ南北戦争の例を出すまでもなく、植民地化するか否かのかたちは別にして、支配下に置こうとする国家、民族に介入する場合、政権に対する反対勢力を軍事的に支援することは、ひたすら侵略を重ねてきた大英帝国の基本方針であった。
具体的には、中国大陸侵略の尖兵であったジャーディンマセソン社の日本総代理店グラバー商会が、薩長討幕派の武器調達を担当した。
この時、その運搬などを担って働いたのが土佐藩出身の坂本龍馬を中心とする「亀山社中」であった。
ところが、イギリスの支援を受けて展開した討幕というムーブメントでありながら、それを大火事のように燃え上がらせるために、彼らは「尊皇攘夷」「復古」というキャッチフレーズを掲げ、喚き続けたのである。
つまり、激しいテロリズムに正当性を与えるように動乱の時代を席巻(せっけん)したイギリスの支援を受けていたテロリストたちの「尊皇攘夷」「復古」という叫び声は、単なる方便に過ぎなかったということなのである。