かまた・みのる
東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県・諏訪中央病院へ赴任。30代で院長となり、潰れかけていた病院を再生させた。「健康づくり運動」を実践し、脳卒中死亡率の高かった長野県はいまや長寿日本一、医療費も安い地域となった。 一方 1991年より25年間、ベラルーシ共和国の放射能汚染地帯へ100回を超える医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援してきた(JCF)。 2004年にはイラク支援を開始。イラクの4つの小児病院へ10年間で4億円の薬を送り、凶暴な過激派集団「イスラム国」が暴れ、空爆が行われているイラク北部の都市アルビルを拠点に、難民キャンプでの診察を続けている(JIM-NET)。 東北の被災者支援にもいち早く取り組み、「がんばらない」「1%はだれかのために」と言いながら、多方面で常に100%以上の精力的な活動を行っている。

「僕は字の通り、『遊び、行く』と考え、フラフラしてもいいと考えています。この時期こそ、自分の好きな仕事や、やりたいことをするときでもあるのです」

 死のことなんか考えず、野垂れ死にしてもいいほどに自由になれる時間を指す「遊行」という言葉に出会ったことで悩みから解放され、生きるのが楽になったのだと語る。

 言葉の力、偉大なり。『遊行を生きる』には、これまで鎌田氏が出会ってきた、「悩み、迷う自分を劇的に変える124の言葉」が、心を打たれた背景と独自の解釈を添えて紹介されている。今、なぜ、この本を世に出したいと考えたのか、出版を通してどんなメッセージを送りたいのか。

老いも若きも、はじけていい
尾崎豊のように

――どのような気持ちで、この本を書いたのですか?

「遊行」という言葉は以前から知っていましたが、改めて出会って、僕だけでなく、時代が必要としている言葉だと思ったんですね。

 年齢から言えば、僕は「林住期(りんじゅうき)」を語った方がふさわしいかもしれない。実際、2008年に五木寛之さんが『林住期』という本を出し、ベストセラーになりました。林住期とは、老年を迎えて行く時期で、森や林に隠棲しながら、人間とは何か、生きるとは何かなど、さまざまな「人生の問題」を解決しようという時期で、非常に哲学的で内向きです。

 あの本が出た頃は、もっと日本が元気で、経済的にも好調でしたから、それでよかったのだと思います。でも今は違う。みんなが林の中に入り込んで内向きになったら、とんでもないことが起きますよ。

 今、イギリスはEUを離脱し、アメリカではアメリカ第一主義のトランプ政権が誕生するなど、世界はどんどん内向きになり、自分たちさえよければいいという風潮になっています。ここで日本までもが内向きになってしまったら、絶対にいけないと思います。

 はじけること、外へ出て行くことは、決して怖い事じゃない。「どうせいつかは死ぬんだし」と考えた時に、「ああ遊行なんだ」と。尾崎豊が若くして死んだにもかかわらず、いまだに聞かれ続けているのはやはり。若いけど遊行のテイストがあったからでしょう。

 そういう意味では、若い人だろうが中年だろうが、「遊行」のテイストは持っていた方がいい。ビジネスマンも、リアルに生きるだけじゃなく、何か1つ、超えたものを持っていることの大事さを、僕はこの本で伝えたいと考えました。