「医者ならでは」の褒め方が求められている
【久賀谷】そのほうが患者さんたちも幸せな気分で旅立っていけると。
【白澤】そうですね。病院ではたらくわれわれにとっても、それはうれしいことでした。もちろん、患者さんの家族にとってもいいことだと考えています。だから私は、患者さんが亡くなって、家族のみなさんにその説明をするときに、患者さんをべた褒めするんです。
まず、患者さんの半生を語ります。カルテに書かれていますから、わかるんです。「あなたのお父さん、いい仕事をしましたね。1926年に生まれて、80年生きて……」と。
医学部で教えているのは、こうではありません。たとえば肺ガンで亡くなったときには、「あなたのお父さんは、右の肺にガンができて、考えられるすべての治療をした。しかし治療も虚しく、回復しなかった。ガンはこの箇所とこの箇所にも転移したので、鎮痛剤を使ったりもしたが、われわれの力が及ばず、最終的に亡くなった。こんなにひどいガンだった」というような伝え方になります。
【久賀谷】ガンが広がって亡くなったなんていうことは、わざわざ説明されなくても家族はわかっているのに、そんな説明をするのがおかしいと。
【白澤】そうなんです。それなのに、追い打ちをかけるように、ぐさぐさと傷口をえぐるような説明をする。医師が患者の死に際してすべき説明はそんなことではありません。「あなたのお父さんの腎臓の機能はすばらしかった。80年間、ほとんど問題なく機能した。肝臓も素晴らしかった。心臓も最後の最後までしっかり機能していた。そんなお父さんの素晴らしい遺伝子の半分は、あなたにしっかりと受け継がれている。自信を持ってしっかりとお父さんを見送ってあげてください」医師は家族にこう語るべきですよ。
【久賀谷】心に響きました……。まさに「医師にしかできない褒め方」をするんですね。
【白澤】終末期医療では、点滴のようなテクニカルなものだけでなく、音楽とか、さするとか、褒めるとか、いろいろな方法があり得るんですよね。ぼくはこれを提唱しています。患者さんを全人格的にケアしてあげる。そうすれば、家族も満足して見送ることができるはずです。
それに、僕がお手伝いをしていた病院、フルートを数年吹き続けていたら、「重症リスト」の患者数が5分の1になったんです。常時20人いた重症者が、4~5人ほどに減りました。
「死ぬ」という結末は一緒です。しかし重症者が減った。つまり「重症の期間が短くなった」ということです。終末期には、テクニカルなケアではなく、ハートのケアを提供する。すると患者さんは最期まで人間らしく生きて、旅立てますし、苦しむ人も減る。これからの医学部ではこのようなことも徹底的に教えるべきだと、私は考えています。
【久賀谷】人の心をケアする精神科医としても、参考になるお話をたくさん伺うことができました。今日は本当にありがとうございました!
(対談おわり)