最高の休息法』著者で精神科医の久賀谷亮氏と、抗加齢医学の専門家である白澤卓二氏のスペシャル対談がついに実現。テーマは「脳科学×アンチエイジング」。2人の医師は、これからの日本社会と医学界をどのように見据えているのか?対談の模様を3回にわたってお届けする。

第1回の話題は「アルツハイマー病」。白澤氏の専門分野であったというこのアルツハイマー病について、現状を取り巻く環境と、その予防策を語る。(構成/前田浩弥 撮影/宇佐見利明)

アルツハイマー病を解決する「究極の方法」とは?

白澤 卓二(しらさわ・たくじ)医学博士。千葉大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科修了。
順天堂大学大学院医学研究科・加齢制御医学講座教授などを経て、白澤抗加齢医学研究所所長、お茶の水健康長寿クリニック院長、米国ミシガン大学医学部神経学客員教授、日本ファンクショナルダイエット協会理事長、日本アンチエイジングフード協会理事長。
専門は寿命制御遺伝子の分子遺伝学、アルツハイマー病の分子生物学など。
著書に『100歳までボケない101の方法―脳とこころのアンチエイジング』(文春新書)、『腸を元気にしたいなら発酵食を食べなさい』(河出書房新社)など多数。

【久賀谷亮(以下、久賀谷)】私は今、「老化」に興味を持っているんです。
私の専門である脳科学と老化はもちろん密接につながり合っていますし、精神科医としての観点でも、「老化」と「心の問題」は切っても切れない関係にあります。
その点、白澤先生はその観点を超えて、人間の全身についてアンチエイジングを研究していらっしゃいます。ご著書もこれまでに何冊も拝読しました。アンチエイジングの分野では最も科学的根拠があり、説得力があるなと感じ、ぜひお話を伺いたいと考えていました。本日はよろしくお願いします。

【白澤卓二(以下、白澤)】ありがとうございます。よろしくお願いします。
私の専門はもともと、アンチエイジングそのものではなく、アルツハイマー病の研究でした。
大学院では免疫学を専攻していましたが、1990年、東京都老人総合研究所に就職したのを機に、神経科学に転向しました。というのも当時は、「これからは免疫の時代ではなく、神経科学の時代だ」という風潮があったんですよね。「21世紀は心を科学する時代だ」と。ちょうど東京都老人総合研究所には、アルツハイマー病研究を支える体制も整っていました。そのようなきっかけがいろいろと重なり、「神経」と「心」の病気であるアルツハイマー病の研究に取り組み始めたんです。

【久賀谷】どのような研究をされていたんですか?

【白澤】「病理」と「遺伝子」からアルツハイマー病にアプローチをしました。アルツハイマー病で亡くなった患者さんの脳から伝令RNAを採取し、遺伝子発現を見るという実験に取り組んだんです。
実験は「人」と「ネズミ」の研究を並行して行いました。ネズミをモデルにしながら、臨床とどのように関係していくかを見ていったわけです。
7年間、そのような研究を重ねて、「若い人にアルツハイマー病は発症しないから、アルツハイマー病の最大の要因は『老化』である」ということに気がつきました。
「……当たり前じゃないか」。そう思うかもしれませんね(笑)。たしかに、アルツハイマー病と老化に大きな関わりがあることは、医者でなくてもわかることかもしれません。でも意外なことに、当時、この点に真剣に問題意識を持つ科学者は誰もいなかったんですよ。

久賀谷 亮(くがや・あきら)医師(日・米医師免許)/医学博士(PhD/MD)。イェール大学医学部精神神経科卒業。アメリカ神経精神医学会認定医。アメリカ精神医学会会員。日本で臨床および精神薬理の研究に取り組んだあと、イェール大学で先端脳科学研究に携わり、臨床医としてアメリカ屈指の精神医療の現場に8年間にわたり従事する。そのほか、ロングビーチ・メンタルクリニック常勤医、ハーバーUCLA非常勤医など。2010年、ロサンゼルスにて「TransHope Medical」を開業。同院長として、マインドフルネス認知療法やTMS磁気治療など、最先端の治療を取り入れた診療を展開中。臨床医として日米で25年以上のキャリアを持つ。脳科学や薬物療法の研究分野では、2年連続で「Lustman Award」(イェール大学精神医学関連の学術賞)、「NARSAD Young Investigator Grant」(神経生物学の優秀若手研究者向け賞)を受賞。主著・共著合わせて50以上の論文があるほか、学会発表も多数。趣味はトライアスロン。著書に『世界のエリートがやっている最高の休息法』(ダイヤモンド社)がある。

【久賀谷】当たり前すぎて、だれも疑問に思わなかったんですね。

【白澤】その通りだと思います。でも私には、この「当たり前」のことがすごく興味深かったんです。
人間が生きられる最長寿命を120歳だと仮定すると、だいたい70~80歳でアルツハイマー病を発症します。これが現状です。それより早く、50歳前後で発症すると、これは「若年性アルツハイマー病」と呼ばれる少数派になります。
そこで私が考えたのは、「人間の寿命が150歳にまで延びたらどうなのか」ということです。するとおそらく、アルツハイマー病の発症は90~100歳に後退します。この発症前に、がんや心臓病、脳卒中など、違う病気で亡くなることがあれば、アルツハイマー病は必然的に解決するんですよね。恐れる必要がなくなります。

【久賀谷】斬新な発想ですね。

【白澤】はい、最初にこのアイデアを学会で言ったときには、一笑に付されました(笑)。「発想するだけなら自由で、タダでいいよね」なんて皮肉も言われたりして。

【久賀谷】それでも、この研究テーマのために、真剣に実験を重ねてこられたわけですね。

【白澤】そうです。僕がやったのは、線虫の寿命が2倍になる突然変異体をネズミに注入し、その「寿命が2倍になったネズミ」と「アルツハイマー病のネズミ」を掛け合わせて、発症がどれくらい遅れるかを調べるという実験でした。僕がこの実験を始めてみると、同じような発想を持っている人が追随して、「アルツハイマー病の発症は遅らせることができるんじゃないか」という実験を次々に始めて、ちょっとした盛り上がりを見せました。
多くの製薬会社は「アルツハイマー病の発症を遅らせる薬がつくれるのでは?」という発想で見ていましたが、僕は「アルツハイマー病の発症を遅らせることによって、他の病気が原因で亡くなるようになってしまえば、もはやアルツハイマー病は怖くない」という、当初考えた理屈をつねに持って実験に臨んでいました。

【久賀谷】初めは笑われたにしろ、現在では「理にかなった、まっとうな考え方」として受け入れられはじめていますよね。

【白澤】そうなんですよ。あのとき笑われたのは何だったのか(笑)。
時間はかかりましたが、2005年になると次々に、「緑茶に含まれるエピガロカテキンをネズミに注入するとアルツハイマー病の発症が遅れる」とか、「カレーに含まれるクルクミンをネズミの餌の中に入れて与えるとアルツハイマー病の発症が遅れる」といったことが明らかになってきました。
そしてついに、一昨年あたりから「アルツハイマー病は予防可能な病気である」と大々的に打ち出されるようになったんです。アルツハイマー病が発見されたばかりのころは、教科書に「これは不治の病で、原因不明で、進行性で、絶対に寝たきりになる」と書かれていましたが、実験によってそれが崩れてきているんですよ。