つまり、ロボットやAIにコミュニケーションを求める人も数多く、誰もが「人の温もり」を求めているわけではないのだ。AIは今後もコミュニケーション能力を飛躍的に高めていくはずで、(すべてが置き換わるわけではないにしても)コミュニケーションという仕事のかなり部分がAIロボットやCGキャラに食われてしまうだろう。

 もう1つの「クリエイティブ」に関しても、いまではAIはレンブラント風の絵も描けるし、星新一風の小説も書ける。もちろん作曲もできる。すでに世の中には、無料でAIが曲を作ってくれるサービスもあり、なかなかのクオリティだ。ウェブ動画のBGM等のために著作権フリーの曲が販売されたりするが、それら人間が作った曲と比べてもまったく遜色がない。ただし、これはまだインスト曲しか作れないようだ。

 だたし世の中には、すでにボーカロイドというものもある。先に挙げた初音ミクの歌もボーカロイドで、(彼女の場合はそれが芸風でもあるので)いかにもな機械的な声と発声だが、世の中にはもっと自然な歌を聴かせるボーカロイドもある。「僕がモンスターになった日」という曲をYouTubeで聴いてみてほしい。若者にカリスマ的人気を誇る「SEKAI NO OWARI」の楽曲のように聞こえるが、歌っているのはボーカルのFukaseの声をサンプリングした「ボーカロイドFukase」だ。つまりコンピュータが歌っているわけだが、ほとんどFukase本人が曲を作って歌っているかのように聞こえる。現時点ではこの曲を作ったのは人間だが、曲もAIが作り、それをボーカロイドに歌わせて、このレベルの楽曲を生み出せるようになるまで、そう遠い未来のことではないはずだ。

 つまり、「クリエイティブでは、AIは人間に勝てない」という議論は妄想である。ただし、当面の間、AIが人間に勝てないこともある。それは「オリジナルを生み出す」ということだ。

オリジナルを生み出す人になれるか

 現在のAIは、小説も書けるし絵も描けるし、曲も書ける。しかし、それらはすべて「星新一風」であったり「レンブラント風」であったりと、「○○風」のものでしかない。つまり、AIは元ネタがあるものを模倣することはできても、オリジナルを生み出すことはできないし、当分の間、それはできないのではないかと思われる。

 これは何を意味するかというと、AI時代においては、オリジナルを生み出す人とそうでない人間とでは、大きな格差が生まれるということだ。オリジナル素材としての声やビジュアル、あるいは小説や楽曲の作風を生み出せる人間は、「オリジナル使用権(著作権)」のようなものが確立されれば、莫大な印税を手にすることができる。一方、そうでない中途半端な(オリジナルを生み出せない)芸能人や作家は淘汰される、ということだ。AKBグループのようなアイドルグループは生き残れるかもしれないが、アーティストはかなりの才能がなければ生き残れない。少なくとも、洋楽のパクりでメシを食っているアーティストは全滅するだろう。

 このような状況は、当然だが、一般のビジネス社会でも起きてくる。すでに経営判断するAIも登場しているが、たとえばスティーブ・ジョブズがMacやiPhoneを「発明」したようなことは、当分の間はAIにも難しいのではないかと思う。たとえば、天才的なマーケターは生き残るが、平凡なレベルはもちろん、少しはマシな程度のマーケターでも職を失うということだ。