「レントゲンでは頚椎の4番目と5番目がすこし狭くなっている。首の牽引と低周波で様子を見ましょう」

 とA先生。「頸椎症になったのかもしれない」と自問しながら数週間、通院をした。病状の悪化は止まり、回復に向かっていたが、一ヵ月経っても症状は取れない。物は試しと、私は地元で評判が良いといわれる針灸院へ予約を入れた。もともと外科医である私は、整形外科手術の執刀経験もあったが、針治療はまったく知らなかった。

「肩こりや腕の知覚異常は首から来てると整形外科では言われました」

 という私に、両手の10本指をすべて使って、首、肩、腕の重なり合う筋肉の一枚ずつ、その硬さと張りを触診される。

「右の肩甲骨の裏に、背中から首にかけて“ゴボウ”のように固まって収縮し続けている大物がいますよ」

 と針灸師。

「それって、僧帽筋が収縮しているのかな」

 と問うたが、鍼灸師は無言のまま、彼の指が私の背中のある一点をおさえたあと、アルコール綿で拭かれた皮膚に、細い針先をかすかに感じた。そして鈍い痛みとともに異物がからだに入っていった。「これが針治療か」と思った瞬間、私の右の肩甲骨の裏から右の首にかけて背中の上下に走るその“ゴボウ”全体に鈍い振動が走った。そして、私の硬い収縮しきった筋肉がゆるみ始めていくのがわかった。私の背中の筋肉は私の意思決定にまったく逆らい、誤った指令でこの一ヵ月間、四六時中、私の首を背後から引っ張り続け、肩の神経をも刺激していたのだ。

 人のからだは誤った指示で動くだけではない。からだの組織が意思決定に口を挟むことさえある。人間の行動を決定するプロセスの過半数は肉体の快適さを求める意志で支配されていると思う。残りの数%の瞬間に、個人の意志が反映され物事が決まるとも。意識的に意思決定しなければ楽な選択肢しか残らない。すなわち、強い意識を持たないと痛みを伴う行動はできないし、過ちかもしれないとわかっていても流されてしまう。アルコールやカロリー制限されている人が、誘われたお酒や甘いものを口にするとき、女性や男性が口説かれるとき、残りの数%で意識的に決断をしない限り、本能のおもむくまま“YES”が続いてゆく。

 国家や企業が人のからだと同じと仮定すると、強い意志による洗練された意思決定と痛みを分かち合う行動を起こさない限り、国家や企業は持続的繁栄どころか衰退が始まると思う。一方、自身のからだは自由に操っているつもりでも意外と操られていることが多い。事業変革や組織改革にかかわる前に、改善すべきは“洗練された意思決定できるからだのマネジメント”なのかもしれない。