寒波が到来したある休日の早朝、私は鳴り響いた時計の目覚まし音を止めながら家の外に目をやると、薄く屋根に積もった雪が見えた。道路からは降り積もったザラメ雪の中を走る自動車の音。未明から降り始めた雨が雪になり、白銀の世界を作り出していたのだ。部屋の温度は下がり、吸い込んだ息も冷たい。ベッドから出るためにからだを動かそうとしても、筋肉が動かない。今日は知人との約束のゴルフ。もう起きなければスタート時間に間に合わない。筋肉に指令を送り続けたがなかなか動いてくれない。

「この雪だとゴルフはないな」

 とからだに言い聞かせた瞬間、筋肉は動き、ベッドから出ることができた。しかし、寒い部屋では関節の節々と筋肉が痛みともいえない抵抗を示す。そのまま一気に書斎へたどり着き、確認のために携帯電話を開くと、メールが飛び込んできた。

「今日のゴルフは中止です」

 と友人から。不機嫌だった関節や筋肉は、ためらいもなく、私をベッドへ運んでいった。「なんて情けないからだになってしまったのか。ゴルフを台無しにした雪を恨むべきなのに」と思いながら居心地の良いベッドの中で再び眠りに入った。

 人のからだを構成する60兆個の細胞は、数ヵ月で入れ替わるといわれる。細胞が集合して生命機能を維持する組織が形成され、大脳からの信号とは別に、反射神経や自律神経の信号と、血液を介した体液性の情報伝達物質で各組織や細胞間でコミュニケーションをとり、生命維持装置が自動制御されている。特に意識を持たなくても反射的に手足は動き、心臓は隅々の細胞まで酸素とエネルギー源を運ぶために血液を循環させ、体温管理や代謝管理をもおこなう。エネルギーが不足すると空腹センサーが働き、「梅干」を想像するだけでも「唾液」が口の中から沸いてくる。しかし、時として誤作動も起こす。名誉欲、物欲、性欲などのあらゆる欲求不満のストレスが食欲に置き換わり、胃粘膜から胃酸を過剰に分泌し、食べ物を要求したり、さもなければ自らの胃粘膜を攻撃する。

 月日がたてば、いくら新しい細胞に置き換わるといっても、放置されマネジメントされていない細胞や組織は本来の機能を果たさず、他の組織とも協調できなくなり劣化が進む。からだの各組織や細胞と意識的にコミュニケーションをとり、マネジメントしなければ、からだも大企業病に侵されてゆく。

 今まで肩こりを知らなかった私は、二年前のある日、寝違えのような首の痛みと右肩から腕におよぶ軽い痺れを覚えた。そしてT病院時代の同僚が開業する整形外科を受診した。