(2005年11月、大連)
海鮮料理レストラン『天天漁港』の店内に入ると、まるで水族館のように魚たちの泳ぎまわる姿が目に入った。
大小さまざまな水槽が陳列され、その中を自由に泳いでいる魚たちは、自分たちを待ち受ける運命など知る由もない。低い位置に設けられているガラスケースの中で今は生き永らえている甲殻類や貝類の仲間たちにも、同じことが当てはまる。
背が高く立派な体躯をした三栄木材株式会社の社長、岩本精一郎が、その生簀の合間で立ち止まり、水槽の底でじっとしている魚を指差して、脇にいる二人の男性に声を掛けた。
「これは平目ですよね。刺身にしてもらいましょう。いかがです? 宮崎部長」
二人の中で年配の方、おそらく50を幾つか過ぎているであろう恰幅はいいが背は余り高くない男性が、岩本の指の先へ目を凝らした。
「ほお、けっこう大振りで身が厚そうだね。お造りにしたら映えるだろう」
「わかりました。他には何を選びましょうか? 木村課長も、お好みの物がございましたらおっしゃってください」
もう一人の客、木村は、岩本より年下でまだ40を越えたばかりのはずだが、頭髪はかなり寂しくなっており、痩せた体型と併せて中間管理職の気苦労を体現している。上司の宮崎に遠慮しているのか、なかなか口を開かない。
「この店は、選んだ海鮮を好みに応じて料理してくれるそうです。遠慮なさらず要望をおっしゃってください」
岩本は、今にも揉み手を始めるのではないかというほど気を遣っている。店員を呼びに行っていた今夜のホスト、劉清義(リウ・チンイ)が戻って来た。
「ニィメンシャンチーシェンマ」
中国語で問い掛けられた岩本は、慌ててあたりを見回した。
「あれ、伊藤さんはどこにいるのかな」
「あ、あそこにいますよ」
木村が声を上げた先を見ると、店の玄関脇で男性が携帯電話を耳に当てて何事か話し込んでいる。
あれから18年の歳月が経っているが、隆嗣は目元と頬に数本の皺を刻んだだけで、体型を含めてあまり変化がなく、若々しさを保っていた。いつも見開いているかのようだった大きな眼だけは少し変わり、今ではやや細くなって鋭い眼光を醸し出すようになっている。