『わしの言うとおりにやるんやったら、君はいらんで!』

自問力は聞く力であり、周囲に喜びを与える力でもある江口 克彦(えぐち・かつひこ)  株式会社江口オフィス代表取締役、経済学博士、李登輝基金會最高顧問。前参議院議員、PHP総合研究所元社長、松下電器産業株式会社元理事、慶應義塾大学法学部政治学科卒、名古屋市生まれ。23年間、ほとんど毎日、松下幸之助と直接語り合い、その側で過ごす。松下哲学、松下経営の伝承者と言われ、その心を伝える多数の講演、著書には定評がある。「地域主権型道州制」を提唱、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長等を歴任。

江口 「私は36歳のときに、突然に前日ですよ、電話がかかってきて、『君、明日からPHP研究所の経営やれや』っていきなり言われたんです。当時は、赤字9億円の会社で、社員は90人か80数人ぐらいの会社でしたけど、それまで30年間で一度も黒字になったことがない会社ですからね。それで、私は経営なんて頭の隅にもなかったから翌日断りに行ったんですけど、『ま、いいからやってみいや』ってことで、結局やることになったんですけどね」

堀江 「そうだったんですね」

江口 「それで、ある日、幸之助さんに定例の経営報告をしている最中だったんですけど、いつも通りに『今月も赤字でした』というようなことを小声でぼそっと言ったんですよ。そしたら、幸之助さんが『君な、わしの言うとおりにやるんやったら、君はいらんで!』って突然怒りだしたんですよ」

堀江 「そうなんですか」

江口 「それで、ちょっと待てよと。『自分の言うとおりにやらないんだったら君はいらんで』って言われるなら分かりますよ。でも、『自分の言うとおりにやるんだったら君はいらんで』って、なんなんですか。もう頭の中真っ白ですよ」

堀江 「禅問答みたいですね」

江口 「で、この人何言ってるんだろうと思って。それこそ、その日の夜に自問自答したわけですよ。さっきは何言われたんだろう、なんで言われたんだろうって。それで、ずっと考えてたら、『ああそうか』と。それまで9億円の赤字で、内部留保ゼロですわ。銀行がしょっちゅう出入りしてるような会社ですからね」

堀江 「経営者としては、あまり気持ちよくないですよね」

江口 「で、ああ、そうかと。要するに、売り上げを伸ばすってことは、会社の活動を拡大すると同時に、その活動を担保するだけの経営力っていうものをきちんと身につけるよう取り組んでいかなきゃいけないんだと。そのことを私が自分で考えてやれやっていうことを言ってるんだなと思ったのです」

堀江 「自問して気づかれたのですね」

江口 「それからですね。経営者としての私の考え方と行動が、がらっと変わったのは」

堀江 「まさに反省力と肯定力、そして行動力につながったわけですね」

江口 「ええ、そうなんです。堀江さんの自問力っていう本を読みながら、あのとき自分は真剣に自問自答してたんだなって。そして、多少なりとも自分にも自問力があったんかなと。そういうことでPHP研究所の経営を34年間、まっとうに成し遂げることができたのかなっていうふうに思いますね。最終的には売上250億円で、従業員300人にまでなりましたけどね」

堀江 「それはすごいですね」

江口 「まあ、運もよかったのだと思いますけど」